古都大津の歴史的景観を守るための高さ規制 ―その1 1973年と2004年の高度地区指定―

2010(平成22)年3月、大津市の「市街地の高度利用のあり方検討委員会」が、古都大津にふさわしい高さ規制のあり方に関する提言書「近江新八景ルール」を目片信・大津市長に提出した。

「近江新八景ルール」とは、地域ごとにメリハリのある高さ制限(高度地区)をかけることにより、古都大津の景観と都市の賑わい・発展との調和を目指すものである。

これまで大津市では、1973(昭和48)年に住居系地域を中心に絶対高さ型高度地区を指定しており、2004(平成16)年にも石山寺周辺地域における追加指定を行っている。

では、従来の高度地区と「近江新八景ルール」による高さ制限との違いはどこにあるのだろうか。

そこで、今回はまず従来の大津市における高度地区の内容を紹介し、それを踏まえた上で、次回「近江新八景ルール」による高さ制限の特徴を見ていく。

■1973年高度地区:住居系地域・琵琶湖周辺を対象とした高度地区の指定

①1973年高度地区の指定理由・目的

大津市では、1970年に改正された建築基準法に基づき、1972(昭和47)年に用途地域を全面的に見直している。

しかし、従来の絶対高さ制限(住居地域20m、住居系以外31m)が廃止されたことにより、高層建築物による日照、通風、電波障害等の問題とともに、高層建築物と低層建築物の混在による市街地景観の混乱が問題となっていた。

そこで、1973(昭和48)年12月15日に、1)住環境の保全、2)自然環境と歴史的景観との調和を目的として、住居系用途地域全域に3種類の絶対高さ型高度地区が指定された。

1970年代初頭と言えば、全国的に日照紛争が社会問題化していた時期である。

そのため、この時期に高度地区を導入した他都市の多くは、日照・通風等の確保目的として、「絶対高さ型」ではなく「北側斜線型」を採用していた(北海道、東京都、千葉県、大阪府、兵庫県、福岡県内の各都市)。

しかし、大津市は絶対高さ制限と北側斜線制限を併用した絶対高さ型高度地区を導入した(京都市、横浜市、川崎市、名古屋市も絶対高さ型を指定)。

その理由は、大津市の場合、日照、通風等の確保による住環境の保全とともに、琵琶湖や比叡山、比良連峰等をはじめとする古都の豊かな自然環境と歴史的景観の保全も主要な目的の一つであったためである。

具体的には、以下の3つの眺望景観の確保を目指して高度地区が指定された。

1)琵琶湖上から湖岸を眺めた時に市街地の建物越しに山腹の歴史的建築物を望見できること(湖から山への見上げ景)、

2)東海道自然歩道から、市街地の建物越しに琵琶湖の湖面と対岸の山並みの緑を望見できること(山から湖への見下ろし景)、

3)市街地から比叡山と比良連峰を望見できること(市街地から山への見上げ景)、

②1973年高度地区の制限内容

この時指定された高度地区は第1種10m、第2種15m、第3種20mの3種類であり、いずれも北側斜線制限も併用されている(表1)。

第1種高度地区は、主に第1種住居専用地域や琵琶湖の湖岸エリアを対象に、絶対高さが10mに制限された。

ただし、第1種住居専用地域(現在の低層住居専用地域に該当)には、既に10mの制限がかかっているため、高度地区の指定は北側斜線制限の強化を目的としたものである(第1種住居専用地域の北側斜線は立ち上がり5m+勾配1:1.25)。

第2種高度地区は、絶対高さが15mに制限され、主に第2種住居専用地域(現在の中高層住居専用地域に該当)に指定されている。

第3種高度地区は、絶対高さが20mで、主に住居地域に指定された。これはいわば旧建築基準法の住居地域における20mの高さ制限を継承した規制といえる。

この時の高度地区は、住居系用途地域が対象であり、商業系・工業系用途地域は除外された。

そのため、上述した眺望景観(見上げ景景、見下ろし景)を確保するには十分ではなく、高さ136.7mの大津プリンスホテルが1989(平成元)年に竣工した際は、景観論争を呼んだ。

 表1 1973年高度地区の内容

高度地区種別

絶対高さ

北側斜線

指定範囲

第1種高度地区

10m

立ち上がり5m

勾配1:0.6

・ 第1種住居専用地域(現在の低層住居専用地域)・  琵琶湖沿いの湖岸エリアの第2種住居専用地域(現在の中高層住居専用地域に該当)や住居地域

第2種高度地区

15m

立ち上がり7.5m

勾配1:0.6

・  主に第2種住居専用地域

第3種高度地区

20m

立ち上がり10m

勾配1:0.6

・   主に住居地域

■2004年高度地区追加指定:石山寺周辺の商業地域を15mに制限

①高度地区拡大の背景

<石山寺参道で発生したマンション問題>

伽藍山と瀬田川に挟まれた石山寺周辺は、石山寺と瀬田の唐橋は歌川広重の浮世絵「近江八景」に描かれた景勝地として知られる(写真1・2)。

京阪電車(石山坂本線)の石山寺駅から石山寺の山門までの参道には、古くから参詣客のための旅館が軒を連ねている(写真3)。

1999(平成11)年に旅館の一つが廃業し、その跡地(敷地面積約2,000㎡)が競売にかかると、不動産業者が2003(平成15)年5月に落札した。

不動産業者が高さ10階建てのマンション建設を計画していることが明らかになると、周辺住民から近江八景に数えられる歴史的景観を後世に残していくべきとして反対の声が上がり、 同年6月26日には、石山観光協会と石山学区生活環境整備促進協議会が、高さ制限の実施を求めて、大津市に要望書を提出した。

 

<景観形成専門委員会の提言>

2003(平成15)年6月26日(上述した要望書の提出と同日)、大津市都市計画審議会の景観形成専門委員会が、石山寺周辺の商業地域に高さ15mの高度地区を指定し、歴史的景観と調和したまち並み景観を保全・形成することが必要であるとの提言を行った(表2)。

この景観形成専門委員会は、もともと古都保存法に基づく古都指定を目指して設置された委員会である。

石山寺周辺のマンション問題に先立つ2002(平成14)年末には、第一次報告書を提出し、大津市を古都保存法に基づく古都に指定するよう国に要望することを提言していた。

第一次報告書の提言では、市内4区域を古都保存法の歴史的風土保存区域に指定する動きが進んでおり、マンション問題が起きた石山寺・瀬田川周辺も指定区域の一つとして検討されていた。

つまり、歴史的風土保存区域の指定が検討される中、偶然高層マンション問題が重なり、その結果、石山寺周辺の歴史的景観保全の重要性や緊急性が強く認識され、高度地区の指定が推し進められることとなった。

表2 大津市都市計画審議会景観形成専門委員会第二次報告(抜粋)

大津市都市計画審議会景観形成専門委員会第二次報告―古都指定に備えた風致景観の保全等について(平成15年6月26日)

3.石山寺周辺地域における風致景観の保全

「伽藍山と瀬田川に挟まれた、都市計画道路石山寺辺南郷線沿道は、現在商業地域(建蔽率80%、容積率400%)が指定されており、低層の宿泊施設や商業施設が建ち並び風格があるまち並みが形成されている。この地域は、背後の伽藍山と前面の瀬田川が織り成す自然景観、これと一体となり石山寺を中心に形成される歴史的景観の一部を成す、まち並み景観を保全することが求められる。そのため、都市計画道路石山寺辺南郷線沿道(商業地域)のうち、伽藍山風致地区に接する地域において、建物高さの最高限度を15mとする高度地区を指定することにより、高層建築を規制するとともに、歴史的景観と調和したまち並み景観を保全・形成することが必要である。また、高度地区の指定に併せて、現在指定されている商業地域の容積率の見直しについても検討することが必要である。」

②石山寺周辺地区高度地区の内容

大津市は、景観形成専門委員会の提言を受けて、2004(平成16)年3月に伽藍山風致地区と瀬田川風致地区に挟まれた石山寺周辺地区の商業地域(容積率400%)の一部を第4種高度地区(15m)に指定した。

高さ制限値15mは既存の第2種高度地区と同じ高さであるが、北側斜線制限はなく、絶対高さのみである。

この数値は、既存不適格建築物が出ない高さと旅館の機能が確保できる高さから導かれたものであるが、大津市内の風致地区における高さ制限値が15mであることも関係していると思われる。

また、第4種高度地区の指定にあわせて、指定区域の容積率が400%から300%にダウンゾーニングしている点も大きな特徴である。

以前の建築基準法では、商業地域において指定可能な容積率の下限は400%であったために、石山寺周辺の商業地域も400%に指定されていたと思われるが、1992(平成4)年の建築基準法改正により、200%と300%のメニューが追加された。

こうした法改正も踏まえて、石山寺周辺においても、高度地区の高さ制限とバランスのとれた指定容積率の再設定を行ったと思われる。

以上、住居系用途地域における広域的な高度地区指定と、石山寺周辺における景観保全を目的とした高度地区の指定の動きを見てきた。

いわば、1973年高度地区は広域的な一般規制であり、2004年高度地区はスポット的な景観規制といえる。

この一般規制と個別規制の二段階の考え方は、実は「近江新八景ルール」の高さ規制の考え方に活かされているわけであるが、その内容については次回紹介する。

表3 2004年高度地区追加指定を巡る動き

出来事

1999年秋 料理旅館「三日月楼」廃業
2002年末 大津市都市計画審議会景観形成専門委員会第一次報告
2003年5月 不動産会社が旅館跡地を落札。10階建てマンションを計画。
2003年6月26日 大津市都市計画審議会景観形成専門委員会第二次報告石山寺沿道の商業地域を高さ15mの高さ制限を実施するように提言。

同日

石山観光協会と石山学区生活環境整備促進協議会が高さ制限の早期実施を求める要望書を大津市に提出。
2003年10月 大津市が古都に指定される
2004年3月15日 大津市が石山寺周辺の商業地域に高さ15mの高度地区を指定。

[参考資料]

○大津市資料「高度地区の指定について」(※1973年指定)

大津市における高度地区(大津市ホームページ)

○大津市都市計画審議会景観形成専門委員会第二次報告―古都指定に備えた風致景観の保全等について(平成15年6月26日)

近江新八景ルール(大津市ホームページ)

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