幻のタワー計画:高さ550mの正力タワーと高さ600mのNHKタワー

2011(平成23)年12月に東京スカイツリーが竣工し、翌2012(平成24)年春に開業が予定されている。

その高さ634mは、東京タワー(333m)の約1.9倍に及ぶ。

しかし、東京スカイツリー完成の40年以上前に、東京タワーの高さを遥かに凌ぐタワーの建設が2本も計画されていた。

それが、1968(昭和43)年に日本テレビが発表した高さ550mに及ぶ「正力タワー」と、翌1969(昭和44)年にNHKが発表した高さ600mの電波塔である。いずれも完成していれば、当時世界一の高さであった。

■正力タワー(高さ550m)

1968(昭和43)年5月10日、日本テレビは、新宿区東大久保1丁目の同社所有地(現在の新宿6丁目の日本テレビゴルフガーデン跡地)に、総工費150億円をかけて、高さ550mのテレビ塔「正力タワー」を建設する計画を発表した。

その名前が示すように、正力タワーは、当時、読売新聞社社主で日本テレビ会長でもあった正力松太郎の発案により計画されている。

当時、世界一の高さを持つ電波塔は、1967(昭和42)年にモスクワに建てられたオスタンキノ・タワーの537mであり、正力タワーの550mはこの高さを意識したものであった。

正力タワーは、高さ200mと400mの位置に、それぞれ1,000~1,500人が収容可能な展望台を設置。塔の下部には20~25階建ての建築物を建設し、住宅やホテル、オフィス、百貨店といった複合機能を盛り込むものだった。

正力は、「これは広く大衆のためになることだし、高いところにのぼりたいというのは人間の本能だから採算は十分とれる」と自信を持ってプロジェクトの成功を語った(読売新聞昭和43年11月2日朝刊)。

「550m」は途方もない高さに思われるが、かつて正力は、富士山より高い世界一のタワーの建設を読売新聞紙上で発表したことがある。

これは神奈川、静岡、山梨の3県をまたぐ基礎工事を要するもので、高さは実に4,000mを超えるものであった。

タワーの下には100階建て、200階建てのビルで埋め尽くし、「世界一の塔と世界一の都会が同時に建設できる」と正力は豪語していたという(「巨怪伝・下」p366)。

その非現実的とも思える計画と比べてしまうと、高さ550mの正力タワーは現実味のある計画に見える。

実際に、正力タワーの建設にあたっては、日本テレビ、三菱地所、三菱電機、大成建設の4社によって具体的な検討が進められていたのである。

1968(昭和43)年10月24日には起工式が執り行われ、11月22日からボーリング調査が開始されている。

また、12月から翌年2月にかけて、欧米諸都市への視察団が派遣され、海外におけるタワーやテレビ・通信事情の調査も実施された。

そして、1969(昭和44)年6月23日には、東京都に建築申請書が提出され、正力タワー建設の準備は順調に進んでいったのである。

 

■NHKタワー(高さ600m)

しかし、何でも世界一でなければ気がすまない正力松太郎に冷や水を浴びせるように発表されたのが、NHKによるタワー計画である。

1969(昭和44)年3月5日、NHKの前田義徳会長が渋谷のNHK放送センター敷地内に、高さ600m級の電波塔を建設する計画を発表した。

7月に示された案によると、このタワーは「二〇〇メートルまでは鉄骨の四本足で支え、そこから五五〇メートルまではステンレスでおおった直径一五メートルの円筒形になり、さらにこの上に直径二-ニ・五メートル、長さ五〇メートルのアンテナを取付ける」(朝日新聞昭和44年7月3日朝刊)というものであった。

その高さは、高さ537mのオスタンキノ・タワーはもちろん、正力タワーを50m上回るものであるが、重量はオスタンキノ・タワーの約4分の1の7,000~8,000トンと軽量である点が売りであった。

また、正力タワーが、電波塔以外の用途としてホテル、オフィス、百貨店等の複合利用を想定していたのに対し、NHKタワーは純粋に電波塔として計画されていたことが大きな相違点と言える。

■タワー建設の背景

1960年代末と言えば、東京タワーが建設されてからまだ10年しか経過していない時期である。

では、なぜこの2本のタワーが計画されたのであろうか。

当初、東京タワーを電波塔として利用していたのは、フジテレビ、日本教育テレビ(現在のテレビ朝日)、NHK教育テレビのみであった。

一方、既に開局していたNHK、日本テレビ、TBSは、それぞれ独自の電波塔を使っていた。

その後、TBS、NHKは東京タワーへ移ったものの、日本テレビは依然として、自前の塔を利用していた(日本テレビが東京タワーを使わなかった理由として、東京タワーの建設が、読売新聞のライバルである産経新聞の主導だったためとも言われている)。

この時期、本格的な超高層ビル時代を迎えつつあり、正力タワー建設が発表される1ヶ月前の1968(昭和43)年4月には、高さ147m(最高部は156m)の霞が関ビルが竣工している。

当時使われていた日本テレビの電波塔は154mにとどまるため、今後、霞が関ビルのような超高層ビルが林立することで、電波の届きにくい難視聴区域が増えることが予想された。

また、郵政省(現在の総務省)は、テレビ放送の周波数をVHFからUHFに移行させる方針を示していたが、UHF方式は、電波が直進的であるため、アンテナが高くなければ電波が高層ビルに遮られてしまうとの指摘もあった。

そこで、難視聴区域の解消を目的として、1968(昭和43)年に日本テレビが、翌1969(昭和44)年にNHKが独自の電波塔の建設を発表したわけである。

しかし、日本テレビは、「同じようなものは二本いりません。笑いものになる」「最近になって計画らしいものを出し、まだ建築申請書も出していないNHKと一緒にされ、競合などといわれるのは全くのすじちがいではないか」とNHKを批判した。

一方のNHKも、「正力さんのは観光塔じゃないですか」「NHKが民放に恒久施設を借りた例がない。そんなことをしては聴視者に責任がもてない」と日本テレビ側を牽制している(朝日新聞昭和44年7月12日朝刊、読売新聞昭和44年7月19日朝刊)。

■郵政省による調停

当時、新たに同じようなタワーを2本も建設することは無駄ではないかとの批判の声もあがっていた。

既に東京タワーが存在していたのであるから、当然の反応であろう。

そこで、1969(昭和44)年7月には、放送事業の監督官庁である郵政省の河本敏夫郵政相(当時)が調停に乗り出し、NHKに対して、利害関係者である東京タワーや日本テレビとも十分話合って調整するよう指示を出した。

これ受けて、9月3日にはNHK前田会長が会見を行い、「塔の方はしゃにむに建てるつもりはない。これは正力タワーとの調整がつくまで、一応“空中の楼閣”としておく」と、タワー建設の延期を表明した(読売新聞昭和44年9月4日朝刊)。

一方、日本テレビの福井社長は、10月24日の会見で、「正力タワーについては、あくまでも実行する」と強気の姿勢を示しながらも、「日本テレビとNHKで別々に二本タワーを建てることは無意味」であるため、「NHK前田会長とも積極的に話し合う用意がある」と、態度を若干軟化させている(読売新聞昭和44年10月25日朝刊)。

日本テレビの姿勢がトーンダウンした背景には、10月9日に正力松太郎が死去したことも多分に影響していたと見られる。

こうして、1970(昭和45)年1月には、河本郵政相が一本化を発表し、同年11月には日本テレビが東京タワーの利用を開始することとなり、2つのタワー計画は自然消滅した。

今では既に忘れ去られてしまったタワー計画であるが、もし、この2つの600m級タワーが建設されていたならば、東京のスカイラインが現在と大きく異なるものになっていたことは間違いない。

そして、新たな東京のランドマークとなりつつある東京スカイツリーも存在しなかったであろう。

<追記:2012年7月9日>

上記記事の中で、NHKタワーの内容については、情報が少なかったためにほとんど触れませんでしたが、その後の調査で、高さ610mのタワーを代々木公園内に建設する計画であったことがわかりました。

詳細な内容については、雑誌AERA(2012年7月16日号)に掲載されましたので、こちらを是非ご覧ください。

○幻の代々木タワー計画(編集部山下努 東京工業大学大学院大澤昭彦)

http://www.aera-net.jp/summary/120708_002950.html

○「高さ610m 幻の代々木タワー計画」について(当ブログ)

https://aosawa.wordpress.com/2012/07/09/

表 正力タワーとNHKタワーを巡る出来事の経緯

年月日

出来事

1968年(昭43)

4月18日

日本初の100m超の高層建築物である霞が関ビルが竣工(高さ147m)

5月10日

日本テレビ正力会長が、高さ550mのテレビ塔「正力タワー」の建設を発表

10月24日

正力タワー建設予定地で起工式(300人出席)。ホテルニューオータニで起工式披露宴を開催し、政財界等から約2,500人が出席

11月22日

正力タワー建設予定地でボーリング調査開始

12月28日

テレビ・通信事情の情報収集のためのアメリカ視察へ出発(日本テレビ幹部2名)

1969年(昭44)

1月16日

ヨーロッパ諸都市(モスクワ、ベルリン、ウィーン、シュツットガルト、ハンブルグ等)のタワー施設調査のための視察団が出発(日本テレビ、大成建設、三菱地所、三菱電機から5名派遣)

6月23日

日本テレビが、正力タワーの建築申請書を東京都に提出

7月 2日

NHK前田会長が、渋谷のNHK放送センター敷地内に高さ600mの電波塔の具体案を発表

7月11日

河本郵政大臣が、NHKに対し東京タワーや日本テレビと話合って調整するよう指示

9月 3日

NHK前田会長が、正力タワーとの調整がつくまで、NHKタワーの建設延期を表明

10月9日

正力松太郎・日本テレビ会長死去

10月24日

日本テレビ福井社長が、NHK前田会長と話合う用意があると発言

1970年(昭45)

1月 9日

河本郵政大臣が、2つのタワーの一本化が決定と発表

11月10日

日本テレビが、東京タワーを送信塔として利用開始

<付記> ※写真を2011年4月12日追加

正力タワーの建設予定地であった敷地には、その後日本テレビゴルフガーデンがつくられ、現在、オフィスや住宅等の複合施設を含む再開発が進められている。

高さ96mの「新宿イーストサイドスクエア」(業務棟)と高さ111.7mの「パークハビオ新宿イーストサイドタワー」(住宅棟)が建設中である。

この敷地は、神宮外苑のイチョウ並木から明治神宮聖徳記念絵画館(以下、絵画館)を正面に見る眺望景観の背景にあたるため、完成すれば、絵画館の後ろに高層棟が見えることが予想される。

もし、正力タワーが実現していれば、神宮外苑のイチョウ並木と絵画館の背景に550mものタワーが屹立することになったのである。

なお、東京都は、絵画館への眺望景観保全を「東京都景観計画」の中に位置付けており、景観誘導区域内に建設される建築物の高さや色彩等の誘導を行っている(東京都景観計画2009年4月改訂版p132~137参照)。

しかし、高さ制限は絵画館の背景2キロメートルの範囲内のみに適用されるため、絵画館から2キロ以上離れている当該敷地においては、高さ制限は適用されず、色彩と屋外広告物の規制のみがかけられることになる。

DSC03752

↑絵画館のドームの背景に、現在建設中の建物(おそらく業務棟)のクレーンが見える。絵画館基壇部左側に位置する住宅棟はイチョウ並木に隠れている。

DSC03746

眺望地点と絵画館の中間地点から絵画館への眺め(2011年4月)

↑東京都が定めた眺望地点から絵画館寄りの場所から絵画館を眺めると、絵画館基壇部左側に現在建設中の住宅棟が見える。

DSC03749

眺望地点(青山通り交差点)附近(2011年4月)

DSC03751

東京都が設置した眺望地点を示す標識

[参考文献]

三菱地所(1993)『丸の内百年のあゆみ 三菱地所社史 下巻』

読売新聞昭和43年5月11日朝刊「世界一のテレビ塔を建設 日本テレビ 新宿に五五〇メートル 今秋着工 高層ビルも含めて」

日本経済新聞昭和43年5月11日朝刊「NTV 世界一のテレビ塔計画」

読売新聞昭和43年10月25日朝刊「世界一のテレビ塔 「正力タワー」起工式 各界から名士、盛大に」

読売新聞昭和43年11月2日朝刊「「正力タワー」懇談 正力社主とブリンクマン氏夫妻」

読売新聞昭和43年11月23日朝刊「正力タワー、地盤調査始まる」

読売新聞昭和43年11月29日朝刊「高さくらべ 世界のテレビ塔 東京の「正力タワー」 完成すれば世界一」

読売新聞昭和43年12月29日朝刊「“正力タワー”建設で欧米視察 先発隊、アメリカへ」

読売新聞昭和44年1月17日(金)朝刊「正力タワー 海外視察団 第二陣が出発」

朝日新聞昭和44年7月3日朝刊「世界一のタワー NHK来週申請」

毎日新聞昭和44年7月3日朝刊「高さ600メートル、工費は158億円 NHKタワー 近く建築申請」

朝日新聞昭和44年7月11日夕刊「NHKタワー建設に 他の塔と調整指示」

朝日新聞昭和44年7月12日朝刊「世界一かけテレビ塔合戦 両者譲らぬ力相撲 行事・郵政省軍配に困る」

読売新聞昭和44年7月19日朝刊「五百五十メートルの正力タワー 建築申請書を提出 福井日本テレビ社長が発表」

読売新聞昭和44年9月4日朝刊「「正力タワー」との調整つくまで待つ NHKタワーの着工」

読売新聞昭和44年10月25日朝刊「正力タワー、NHKとの調整 話し合いの用意 福井・日本テレビ社長談」

朝日新聞昭和45年1月9日朝刊「二つのタワー一本化 NHKとNTVが妥協」

佐野眞一(2000)『巨怪伝(下) ―正力松太郎と影武者たちの一世紀―』、文藝春秋(文春文庫)

ウィキペディア「東京タワー」

東京都景観計画 http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/kenchiku/keikan/machinami_01.html(東京都都市整備局ホームページ)

広告