容積率制度の制定経緯について

先日発行された「土地総合研究2011年冬号」で、容積率制度の歴史的経緯に関する論文を執筆しました。

タイトルは、「日本における容積率制度の制定経緯に関する考察(その1) ―容積制導入以前における容量制限:1919年~1950年―」です(土地総合研究19(1)2011年冬号、p83-105)。

この論文は、1919(大正8)年の市街地建築物法(現在の建築基準法の前身)から1970(昭和45)年に現在の容積率制度が確立するまでの約50年間を対象に、建築物のボリュームコントロールに関する制度の変遷とその背景について整理、考察したものです。

3回に分けて掲載を予定しており、今回は、1919年(大正8)の市街地建築物法制定から1950(昭和25)年の建築基準法制定までを扱っています。

この時期には、まだ容積制が導入されておらず、主に絶対高さ制限に基づきボリュームコントロールが実施されていました。

しかし、この時代の規制内容は、後の容積率制度の内容に多大な影響を与えることから、詳細に整理しております。

その2では、戦後復興から高度成長期に向かう1950年代を対象に、絶対高さ制限の見直しや容積制導入に向けた議論が活発化していく過程を追っていきます。

さらにその3では、1961(昭和36)年の特定街区制度創設、1963(昭和38)年の容積地区制度創設を経て、1970(昭和45)年に容積制が全面導入されるまでの過程を見ていきます。最後に、容積率制度の制定経緯の整理から明らかとなった容積制の課題と今後の展望についてもまとめる予定です。

以下、論文執筆の背景を簡単に記しておきます。

 

■容積率制度が有する課題

容積率制限は、建築物の床面積と道路・下水道等の公共施設の容量との均衡を図ることを目的とした都市の密度規制の一手法で、1970年の建築基準法改正で現在の容積制の枠組みが確立されました。

しかし、ここ数十年に渡る容積率の規制緩和の結果、容積率はある種の経済価値を表す指標としての意味合いが強くなり、本来の目的を見失っているように見受けられます。

 

現在、国は「集約型都市構造の実現」を標榜し、いわゆるコンパクトシティを望ましい姿として位置付けているようです(国土交通白書平成21年度版)。

集約型都市構造を前提に容積計画を考えると、都心の密度を高める一方で、郊外部の容積を抑えることが必要です。

しかし、現実には、現状の容積率が既得権益化し、現状の指定容積率を下げることは難しいと言われています。

また、容積率の緩和制度が、周辺市街地の形態から大きく乖離した高層建築物の建設を可能とし、全国各地において建築紛争を招いています(高度地区や景観計画を活用した絶対高さ制限導入の動きは、こうした容積制の欠点を補完するための取り組みと言えるでしょう)。

その一方で、斜線制限や狭小化した敷地等においては、指定容積率が十分に消化できないために、都心の高密化が進まないという現状も指摘されています。

 

なお、容積率制度の課題については、西村幸夫・東京大学教授が、「都市計画 根底から見なおし新たな挑戦へ」(学芸出版社)の中で明快に整理されておりますので、是非ご参照下さい。

■人口減少時代に向けた容積制のあり方を考えるために

容積率制度自体は、市街地の拡大や人口増加を前提とした時代に作られた制度です。

本格的な人口減少社会を迎える今、容積率制限はどうあるべきなのか、その必要性も含めて議論をする時期にあると思われます。

容積制のあり方、ひいては市街地の形態・密度のあるべき姿を考える前提として、現在の容積制が成立した背景を再確認する必要があるのではないでしょうか。

今回の論文がその一助となれば幸いと考えております。

 

【追記】論文のPDF版を土地総合研究所のホームページから見ることができます。下記URLからご覧下さい。

その1:http://www.lij.jp/html/jli/jli_2011/2011winter_p083.pdf

その2:http://www.lij.jp/html/jli/jli_2011/2011summer_p046.pdf

なお、その3については執筆中です。

その1からその3までの内容は、拙書「高さ制限とまちづくり」の「第1章 高さ制限の歴史的変遷」の中でもまとめています。

よろしければご一読ください。

「高さ制限とまちづくり」学芸出版社、2014年

 

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