芦屋市景観地区における不認定マンション問題のその後 -マンション計画の中止と山手幹線周辺における地区計画の策定ー

大原町地区地区計画の概要芦屋市大原町において、5階建てのマンション計画が景観地区の基準に不適合であるとして景観法に基づく不認定の処分が下された件については、以前の記事で述べた。

その後、不認定マンション計画は中止となり、大原町地区には高さ制限の強化をはじめとする地区計画が策定された。

しかし、この地区計画はマンション問題が直接的なきっかけではなく、市内を横断する山手幹線の整備を契機とするものであった。

そして、大原町だけでなく、山手幹線が貫通する他の地区においても同時的に地区計画の策定が進められていたのである。

そこで今回は、マンション計画が撤回された経緯とともに、大原町地区地区計画を中心に山手幹線周辺における地区計画策定の動向とその特徴について述べてみたい。

「芦屋市景観地区においてマンション計画が不認定に -「高さ」ではなく「ボリューム」が問題に-」

<構成>

■大原町5階建てマンション計画不認定の経緯

■マンション計画の中止とその背景

■大原町地区地区計画策定の経緯

■大原町地区地区計画の概要

■山手幹線沿道における地区計画:道路整備を契機とした連鎖的な地区計画

■地区計画指定後の地価動向:大原町における地価上昇

■まとめ

■大原町5階建てマンション計画不認定の経緯

景観地区不認定問題は、2009(平成21)年秋に、大手マンション事業者が高さ15.45m(5階建て)、長さ41.3mのマンション計画を市に提出したことに始まる。

写真からわかるように、計画用地(敷地面積1,100㎡)周辺は、概ね2階建ての戸建て住宅地であることから、計画建物は周辺の建物に比して、高さ、規模が大きい。

芦屋市景観認定審査会における審議の結果、2010(平成22)年2月5日に、景観地区の基準に不適合であるため不認定処分を下すべきとの判断が示された。

不認定の理由として、「周辺の建築物に比べて著しく大きなスケールとボリュームを有するものである。このため,周辺の建築物や空間の形成するまちなみ景観とは著しく調和を欠く規模,形態であり,配置上も問題があるといわざるを得ない。」と結論付けている。

この景観認定審査会の判断を受けて芦屋市は、2月12日に当該マンションを不認定とする処分を事業者に通知した。

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写真1 不認定処分を受けたマンション計画用地(2011年2月撮影)

■マンション計画の中止とその背景

不認定から約半年後の2010(平成22)年8月18日、市と事業者からマンション計画の中止が公表された。

事業者によると、5月下旬に大阪府内の個人に対してマンション用地を売却したという。また、「景観法を踏まえて市と協議し、建物の規模の縮小も含めて検討した結果、売却を決めた」と事業者はコメントしている(朝日新聞2010年8月19日)。

一方、芦屋市側は、「事業を阻害するつもりは全くなく、周辺の環境と調和した建設計画を出してくれることを期待していた残念だ」と話している(共同通信2010年8月18日)。

事業者がマンション計画を中止し、用地売却を決めた背景には、大原町地区で検討が進められていた地区計画の存在が大きかったと思われる。

不認定の翌月末には、地区計画の地元案がまちづくり協議会において承認されていたことからもわかるように、地区計画の案はマンション不認定の段階で概ね固まっていた。

4月には、地区計画の地元案がまちづくり協議会から芦屋市に提出され、これを受けて市は都市計画決定の手続きを進めている。

つまり、事業者がマンション計画を中止した8月時点では、地区計画の都市計画決定の手続きが行われている段階であった。

■大原町地区地区計画策定の経緯

大原町における地区計画策定の動きは、不認定マンションの計画が市に提出される約2年前に遡る。

後述するように、地区内を貫通する山手幹線の整備によって、周辺の住環境が急変する可能性があったことから、市が地区計画の策定を地元に働きかけた。

これを受けて2008(平成20)年3月に「大原町まちづくり研究会」が設置され、まず初めに地権者に対するアンケートが実施されている。

アンケートの結果、地区独自のルールの必要性が確かめられたことから、2008(平成20)年11月には「大原町まちづくり協議会」が発足し、本格的な地区計画の検討が始まることになる。

その後、役員案の策定、意見交換会の開催、アンケートの実施等を経て、2010(平成22)3月28日に開催されたまちづくり協議会臨時総会において、地区計画地元案が権利者全体の76%の賛成で承認された。

そして、4月20日には地区計画地元案の要望書が市長に提出され、市の都市計画決定手続きを経て、11月22日に「大原町地区地区計画」として告示された。

表1 大原町地区地区計画・不認定マンションに関する出来事

■大原町地区地区計画の概要

大原町地区地区計画は、駅周辺の一部を除く約18.1ヘクタールを対象として、2010 (平成22)年11月22日に都市計画決定された。

戸建て主体の「住宅地区」、後背住宅地との調和を図る「幹線道路沿道地区」、そして周辺の住環境や景観との調和を目指す「近隣商業地区」の3つの地区に区分し、各地区は用途地域と対応している。

住宅地区は第1種中高層住居専用地域、幹線道路沿道地区は第1種住居地域、近隣商業地区は近隣商業地域で、いずれも指定容積率は200%である。

地区計画では、建築物の高さ、用途、壁面位置、敷地分割時の最低敷地面積、緑化率、屋根・外壁の色彩、屋外広告物を規制しており、このうち用途、高さ、壁面位置、最低敷地面積については建築条例に定められており、法的拘束力の強い制限となる。

一方、緑化率、色彩、屋外広告物は条例化していないために、届出・勧告制による規制となるため、強制力は弱い。

具体的な制限内容は、下表のとおりであるが、各制限項目の特徴を簡単に述べる。

表2 大原町地区地区計画の内容

①絶対高さ制限:高度地区の強化(15m→10m・12mへ)

建築物の高さは、住宅地区は10mもしくは12m、幹線道路沿道地区は15mに制限される(近隣商業地区は高度地区による斜線制限のみで、地区計画での制限はない)。

住宅地区は、もともと第2種高度地区によって絶対高さ15mに制限されていたが、地区計画によって高さ10mに強化された。戸建て住宅主体の市街地形成を目指していることから、低層住居専用地域並みの高さ制限値としたわけである。

ただし、大規模な敷地の場合(敷地面積500㎡以上)は4階程度の集合住宅が建設可能な12mに緩和される。

高度地区による絶対高さ制限の場合、階段室等の屋上部分の高さは12mまで建築物の高さに算入されないが(建築基準法施行令2号1項6号ロ)、地区計画の10m、12mの制限には屋上部分の不算入措置はなく、屋上部分も含めた高さが10mもしくは12m以下に制限される。

また、住宅地区では既存不適格建築物の建替えにあたっては、従前の建物高さまでの再築が認められている(この救済措置は、1998年に西宮市の大畑地区地区計画で設けられたのがはじまりであり、芦屋市は隣接する西宮市の例を参考にしたとのことである)。

一方、幹線道路沿道地区は、従来、第3種高度地区により斜線のみの制限であったが、絶対高さ15mの上乗せ規制がかけられている。

先に述べたように、住宅地区では、階段室等の屋上部分の高さは建築物の高さに含められていたが、幹線道路沿道地区では3mまでは算入されない。したがって、屋上部分も含めると15m+3m=18mまでは建築可能となる。

図1 住宅地区における高さ制限の内容

②用途:店舗・ワンルームマンション等の禁止

住宅地区では、閑静な住宅地として環境を守るために、店舗・飲食店等の建築を禁止するほか、1戸当たりの住戸占有床面積40㎡未満の集合住宅、床面積500㎡以上の公衆浴場を規制している。

住戸占有床面積40㎡未満の集合住宅は小規模なファミリー向け住宅やワンルームマンション、また、500㎡以上の公衆浴場はスーパー銭湯を念頭に置いていると思われる。

小規模なファミリー向け住宅やワンルームマンションは賃貸住宅が多く、定住性も低く、地区の活動に参加してもらいにくいことも規制の背景にはあるとのことである。

なお、ワンルームマンション規制は、芦屋市住みよいまちづくり条例(以下、まちづくり条例)で規定されている制限を若干強化し、地区計画で担保したものである。

幹線道路沿道地区と近隣商業地区では、住宅地区と同じく床面積500㎡以上の公衆浴場を禁止とするほか、ガソリンスタンド、葬儀場を制限している。

葬儀場を規制する理由としては、1999(平成11)年に地区内において葬祭会館の建設計画が持ち上がり、住民による反対運動が起こったことが背景にある。

③敷地面積の制限:敷地分割後の最低敷地面積の規制(130㎡・150㎡)

これはいわゆる敷地面積の制限とは異なり、「敷地分割後の最低敷地規模」を規制するものである。したがって、敷地を分割しない場合には適用されない。

住宅地区のみを対象とした制限であり、具体的には、敷地面積2,000㎡の敷地を分割する場合は分割後の最低敷地面積が130㎡、2,000㎡以上の敷地を分割する場合の最低敷地面積は150㎡以上としている。

ただし、敷地面積2,000㎡未満の分割であっても、やむを得ない場合等においては1つの敷地に限って110㎡まで認める緩和措置が設けられている。

この制限は、まちづくり条例で規定されている制限を地区計画で担保するものであるが、地区計画では若干強化されている。

まちづくり条例を見ると、第1種・第2種中高層住居専用地域では、開発区域面積500㎡未満は最低敷地規模110㎡以上、500㎡以上2,000㎡未満は130㎡以上、2,000㎡以上は150㎡以上となっている。

一方、地区計画では、敷地面積500㎡未満であっても、まちづくり条例で規定する110㎡以上ではなく、ワンランク厳しい130㎡以上の規模を求めているわけである。

④壁面位置の制限:隣地境界線からのセットバック(1.0m、1.5m、2.0m)

外壁の後退距離を定める制限であるが、これは道路境界線側からの壁面後退ではなく、隣地境界線からのセットバックである。

これも敷地面積制限と同様に住宅地区のみを対象とした制限であり、敷地規模と高さが大きくなるほど、周辺の住環境への圧迫感等の影響を軽減する必要があることから、敷地規模別・高さ別に後退距離を定めている。

具体的には、敷地面積250㎡以上500㎡未満は1.0m、500㎡以上かつ高さ10m以下の場合は1.5m、500㎡以上かつ高さ10m超の場合は2.0mとなっている。

まちづくり条例では、第1種・第2種中高層住居専用地域における壁面後退を0.7m以上、地上階数が4以上または軒高10m以上の建築物は1.0m以上としていることから、この地区計画の制限はまちづくり条例の担保及び上乗せ規制であることがわかる。

⑤緑地率の制限:緑地率の最低限度10%

緑地率の制限は、住宅地区と幹線道路沿道地区を対象とする規制であり、敷地面積130㎡以上500㎡未満の場合は10%以上の緑化を義務付けている(緑化率には屋上緑化と壁面緑化は含まれない)。

まちづくり条例では、住居系用途地域(低層住居専用地域以外)の緑化率は20%以上としているが、敷地規模500㎡以上が対象となる。つまり、この地区計画では、まちづくり条例の対象外となる500㎡未満についても、条例の半分にあたる10%の緑化を求めることにしたわけである。

なお、130㎡未満については、負担も大きいとの住民からの要望があり、対象外になったという経緯がある。

地区計画における緑化率の制限に法的な拘束力を持たせるためには、都市緑地法第39条に基づく「地区計画等緑化率条例」を別途制定する必要があるが、この地区計画では条例化は行っていない。

⑥色彩の制限:景観地区の上乗せ規制

建築物の屋根と外壁の色彩は、地区計画区域全域が対象であり、芦屋景観地区に定める大規模建築物の色彩基準が適用される。

芦屋景観地区では建築物の規模に応じて基準を設定しており、高さ10m超かつ延床面積500㎡超の建築物を大規模建築物と位置付けている。

大規模建築物の基準は、その他の建築物と比べて厳しく設定されている。

つまり、大原町地区地区計画では、高さ10m以下または延床面積500㎡以下の建築物であっても、芦屋景観地区の大規模建築物の基準を満たすことが求められるわけである。

ただし、この色彩制限は建築条例に位置付けられていないために強制力の弱い緩やかな制限となる。

⑦屋外広告物の制限:県屋外広告物条例の上乗せ規制

屋外広告物の制限も地区計画区域全域でかけられているが、これは兵庫県の屋外広告物条例の規制を強化した内容となっている。

住宅地区である第1種中高層住居専用地域は、県屋外広告物条例では第2種禁止区域に指定されており、自家用広告物の表示面積が計20㎡以下、自家用広告物の枚数が4枚以下等の制限が適用される。

この地区計画では表示面積合計が3㎡以下、かつ、枚数は3枚以下と大幅に強化されている。また、広告物の高さも地上から3m以下に制限されるほか、色彩制限(地色に彩度10以上の色の使用禁止)も加えられている。

また、幹線道路沿道地区と近隣商業地区は、エリアの特性上、屋外広告物の面積、枚数等は制限されず、色彩制限のみ(住宅地区と同じ内容)が規定されている。

山手幹線沿道における地区計画:道路整備を契機とした連鎖的な地区計画

前述のように、大原町地区の地区計画は、不認定マンションの計画が表面化する以前から検討が開始されていた。

つまり、地区計画策定の直接的なきっかけはマンション問題ではないことになる。

それでは、なぜ大原町地区において地区計画が策定されることになったのだろうか。既にふれたように、地区計画策定のそもそものきっかけは、市内を横断する山手幹線の整備であった。

山手幹線は、神戸-尼崎を結ぶ幹線道路であり、1946(昭和21)年に都市計画決定され、65年後の2010(平成22)年10月24日にようやく全線が開通している。

山手幹線の全線開通に伴い、スーパー銭湯、ガソリンスタンド等のロードサイド型の利便施設の立地が予想されたが、道路が市内の住宅地内を貫通することから、周辺の住環境への影響が懸念された。

そこで芦屋市は「芦屋市都市計画マスタープラン」(2005年策定)において、山手幹線周辺のうち、「沿道型住宅地」を「低層又は中層住宅の整った沿道景観の形成」を図る地区とする一方、「中低層住宅地」を「現在の低層戸建住宅中心の居住環境を保全」するために高さ制限や宅地細分化の防止等を行うとし、これらの方針を実現する手段として建築協定や地区計画等の活用を明文化した。

こうした背景から、芦屋市は、山手幹線が横断する地区に対して地区計画の策定を働きかけたのである。

対象エリアは、大原町地区だけではなく、JRと阪急神戸線の間に挟まれた三条町、西芦屋町、月若町、松ノ内町、船戸町、大原町、親王塚町、翠ヶ丘町の8地区が全て対象とされた(図2)。

市の働きかけを受けて、各地区は自治会を単位とするまちづくり協議会を設立し、具体的な地区計画の内容を検討していくことになる。

まちづくり協議会では、地権者等へのアンケートの実施、素案の策定、意見交換会の開催等を経て、地区計画の地元案を確定し、市は地元案に基づいて都市計画決定を行う形で進められている。

2011(平成23)年9月末時点で、8地区中7地区で地区計画が告示済みであるが、概ね協議会設立から約2年程度で都市計画決定に至っている(親王塚町地区では現在、協議会の案が検討中)。

地元案の採決にあたっての同意率(権利者数に占める賛成者の割合)を見ると、市が目安としていた3分の2(約66.6%)の同意率を満たしていることがわかる。

図3からわかるように、権利者数が多いほど同意率が低減しているが、大原町の同意率が権利者数の多さに比べて高いのは、不認定マンション問題の影響と考えられる。

各地区計画の内容を見ると、大原町と制限内容はほぼ共通するが、地区の特性や合意形成を踏まえているため若干の違いは見られる(詳細は、別の機会に紹介したいと思う)。

表3 山手幹線周辺における地区計画の一覧

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図2 山手幹線周辺における地区計画位置図

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図3 地区計画案の同意率と権利者数

■地区計画指定後の地価動向:大原町における地価上昇

2011(平成23)年7月1日時点の都道府県地価調査の結果によると、大原町の地価上昇率(対前年平均変動率)は+1.9%で、全国でも高い上昇率を示している。

グラフから分かるように、兵庫県、阪神南、六麓荘町(いずれも住宅地)の地価変動率が全てマイナスであることを見ても、大原町の伸びが際立つ。

おそらく前年の10月に全面開通した山手幹線の影響が大きいと思われるが、高さ制限の強化を含む地区計画が地価形成に寄与しているとも考えられる。

地価と地区計画との関係を論ずるには、ヘドニックアプローチ手法等による定量的な分析が必要であると思われるため、軽々に判断することは控えるべきであろうが、少なくとも地区計画が地価にマイナスに作用していないとは言えるのではないだろうか。

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図4 対前年比平均地価変動率の推移(各年都道府県地価調査)

■まとめ

芦屋市大原町で不認定となったマンション計画は結局中止となり、その後、高さ制限の強化をはじめとする大原町地区地区計画が策定された。

ただし、この地区計画の策定は、不認定マンションが直接のきっかけではなく、市内を横断する山手幹線の開通を契機としたものであった(もちろん不認定マンションの存在が地区計画策定の推進力にはなったと思われるが)。

山手幹線の整備に伴い、沿道周辺の住環境への影響が懸念がされたことから、市は、山手幹線が貫通する地区に対して、地区計画の策定を働きかけたわけである。

そのため、大原町地区だけではなく、山手幹線周辺の地区においても連鎖的な地区計画の策定が進んでおり、既に計7地区で策定済みである。

山手幹線周辺における地区計画の特徴は、市が地元に積極的な働きかけ、それを受けた地元の協議会が地区計画案を市に提案している点である。

つまり、きっかけは行政からのトップダウンであっても、具体的な内容の検討は地元からのボトムアップということである。

トップダウンだけでは行政の押しつけになりがちとなり、逆にボトムアップによる地元の動きを待つには時間がかかり過ぎる。

その点、芦屋市においては、市と地元の役割分担がうまくいったがゆえに、速やかな地区計画指定が実現したと言えるだろう。

また、地区計画の内容面での特徴を見ると、従来の都市計画規制(用途地域、高度地区)の上乗せ規制であることに加えて、市の自主条例である住みよいまちづくり条例の基準強化及び担保である点が指摘できる。

こうした高度地区やまちづくり条例の運用実績があったからこそ、地区計画による制限強化に対する住民の理解が得られ、複数の地区計画策定を同時的に進めることが可能だったのではないだろうか。

未だに、規制強化は土地利用の足かせとなり、資産価値を損なうとの意見は少なくない。

しかし、先に見た都道府県地価調査の結果からわかるように、地区計画が住宅地の価値を下支えしている可能性は十分にある。

適切なルールの存在は、地域の価値の担保・向上に寄与するのである。

<関連記事>

「芦屋市景観地区においてマンション計画が不認定に -「高さ」ではなく「ボリューム」が問題に-」

<参考資料>

芦屋市における地区計画

芦屋市における景観地区

芦屋市住みよいまちづくり条例

芦屋市都市計画審議会会議録(検討資料も見ることができる)

 

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景観と公共性:”失われた景観”の回復に向けて

■「失われてきた景観」とは

これまで景観や風景に関わる問題は、主に建築や土木、都市計画の専門家によって語られてきた。

しかし、近年、様々な分野の人達が、日本の景観や風景について積極的に発言している。

例えば、水村美苗(小説家)「日本語が亡びるとき」、アレックス・カー(日本・東アジア美術・文化の専門家)「犬と鬼」、中島義道(哲学者)「醜い日本の私」、東郷和彦(元外務官僚)「戦後日本が失ったもの」、松原隆一郎(経済学者)「失われた景観」などが挙げられる。

主な主張は下記に示すとおりであるが、「戦後日本は、開発と経済発展のためにひたすら走り続け、多くの成果をあげた。しかし、その過程で、敗戦と廃墟によって再興できたかもしれない日本の原風景を失った」との東郷和彦の言葉に代表されるように、いずれの書き手も近代化による経済成長が、日本から大事なエートスを奪い、その失われたものの象徴として「景観・風景」を語っている。

また、著者の多くが、高度成長期直前に幼少期を過ごし、戦後日本の歩みとともに成長しながら、景観が失われていくのを目の当りにしてきた世代であるのは偶然ではないだろう(海外生活が長い人が少なくないとの共通点もある)。

「日本人がみな安吾[引用者注:坂口安吾]のように、いくら文化財など壊しても「我々は・・・日本を見失うはずはない」と思っているうちに、日本の都市の風景はどうなっていったか。建築にかんしての法律といえば安全基準以外にないまま、建坪率と容積率の最大化を求める市場の力の前に、古い建物はことごとく壊され、その代わりに、てんでばらばらな高さと色と形をしたビルディングと、安普請のワンルーム・マンションと、不揃いのミニ開発の建売住宅と、曲がりくねったコンクリートの道と、理不尽に交差する高架線と、人が通らない侘しい歩道橋と、蜘蛛の巣のように空を覆う電線だらけの、何とも申し上げようのない醜い空間になってしまった。散歩するたびの怒りの悲しみと不快。」(水村美苗「日本語が亡びるとき」p311)

「容積率と日照権に、屋上の空ボックス[引用者注:屋上工作物?]を促進するルールを加えると、その結果、日本特有の混沌とした都市景観になる。おまけにゾーニングや看板の規制もなく、自動販売機が氾濫し、電線が上空を覆い、日本の街並みを特徴づける雑然とした眺めが生まれる。くつろげる公園も、落ち着いた街路も少なく、ごたごたと立ち並ぶビルもやはり看板や電線で覆われている。

 この雑然とした風景がすっかり当たり前になってしまい、日本の建築家にはこれ以外の風景は想像もできなくなっている。数多くの庭園があり、整然と区画割りされていた古都京都や北京、ペナン、ハノイの例を持ち出すまでもなくその反証がいくらでもあるのに、木陰もない都市がどういうわけか「アジアらしい」ものとして正当化されている。」(アレックス・カー「犬と鬼」p204)

「中央線沿線の西荻窪や阿佐ヶ谷、井の頭線沿線の久我山や浜田山、京王線沿線の千歳烏山や下高井戸、そして都心の本郷や神田神保町など、私がよく知っているごく普通の商店街はただただ猥雑であり、徹底的に不調和なだけである。

 美意識のまるでない不調和な家並みが続き、その側面や屋根には建物に不釣り合いの巨大な原色の看板が取り付けられており、ことのほか安っぽいセルロイドの桜や紅葉が五メートルおきにぶら下がり、歩道には店の棚が溢れ出し、各店頭には盲人用の黄色い点字ブロックもお構いなしに、そして入るのに難儀するほどの夥しい自転車が停めてあり、いたるとことに旗が、垂れ幕が、横断幕が風に靡いている。空き地には、金網にびっしりと金貸しや水商売勧誘の広告が張られており、各商店からはスピーカーが鳴り響き、そして両脇にはコンクリートの電柱がそびえ、頭上には黒々と幾重にも絡み合いもつれ合って電線が延びている。」(中島義道「醜い日本の私」p44)

「視線を電線で区切られず、そぐわぬペンキを塗られず、景色により自分の居場所が分かり、せめて旅行先では看板の洪水にみまわれず、暮らしている町では過去との連続を実感していたい―私が景観に望むのは、そうした些細なことである。それは私にとっては心身の健全さにかかわることと思えるのだが、それが世の共感を得られぬ望みであるのか、贅沢にすぎる願いであるのかは、よく分からない。ともあれ私が「景観が崩壊しつつある」というときに想定しているのは、もっぱらこうした生活圏における景観の変化と、それから体感される不快感のことなのである。少なくとも私の身体は、それを不快と感じるのだ。(中略)私が日々の暮らしで手放しがたく考える景観は、経済活動によって危機にさらされているのである。」(松原隆一郎「失われた景観」p16-17)

景観や風景が生活や環境の質を表す指標のようなものであるとするならば、景観が壊されるということは、生活の基盤が損なわれることを意味し、さらには、自らの拠り所(アイデンティティ)を失うことにもつながる。彼らの言説の背景には、そうした不安感があるように思う。

実際に日本の景観が損なわれてきたか否かの議論はとりあえず脇に置くとして、ここでは、「日本において景観が損なわれてきたと認識する人々が少なくない」という事実に注目したい。

このことは、右肩上がりの成長を前提とした量的拡大の都市政策から、環境の質の充実へと人々の関心が向っていることと関連しているとも考えられる。

2006(平成18)年をピークに人口は減少を開始している。

本格的な人口減少社会を迎えた現在、経済的な成長や拡大ではなく、安定的に暮らし続けられる環境を如何に構築、維持していくかが求められている。

そうした中で、人々の生活の営みの結果として立ち現れてくる「景観」は、環境の価値を示す重要な要素の一つとなるだろう。

2004(平成16)年に景観法が制定されたのも、そうした人々の意識を反映したものといえる。

しかし、人々の関心が景観に向っているとするならば、まずは、なぜ日本の景観が失われてきたのかを考える必要がある。

その要因の一つには、公共的な空間に対する人々の意識の問題が関係していると思われるのである。

■日本と西欧における公共性

芦原義信は、いまや古典ともいえる景観論である「街並みの美学」の中で、次のように指摘する。

欧米において街路は家の一部であると認識されているが、日本においては外部空間が家の一部といった感覚はないのではないか。

つまり、日本においては、自分の家を一歩出てしまえば、自分とは関係ない空間であるという意識が強いというわけである。

この芦原の指摘は、欧米と日本における「公public」と「私private」の捉え方の違いによって説明することができる。

公共法学者の寺尾美子は、日本における「公」と「私」は上下の関係を示す概念であり、「公」は常に上位概念であったと述べる。これは、国や役所を「お上」と呼ぶことに典型的に現れていると言えるだろう。

一方、欧米では、”public”と”private”の間に上下の関係はなく、社会の構成員全体、つまり「私」の寄り集まった総体が「公」となるとの認識があり、国や役所は「私」の総体としての「公」に奉仕する存在として位置づけられてきた。

つまり、「公」の一角を「私」が担っているという自覚に乏しい点が、日本的な公共性の問題と言えるだろう。

例えば、本来、都市計画や景観に関わるルールは、より良い環境をつくるために実施するものである。

しかし、日本においてルールとは、著しく土地所有権を侵害するものであり、できるだけ制限が少ないことを求める。自由に好きなものを建てることができることは権利であるとの認識である。

これらは、「土地所有権の強さ」「私的所有権の絶対性」といった言葉でこれまで指摘されてきた点である。

 

■公共財としての景観

もちろん欧米でも、自由に好きなものを建てたいと望む人々は多いかも知れない。

しかし、ルールを守ることによってつくられる環境を自らが享受しているとの実感があること、またそうした環境を享受することは自らの権利であるとの認識を彼らが有していることは大きな相違点と言えるだろう。

なぜなら、芦原の言うように、欧米の人々にとって公共的な空間は「家の中」との認識を持っており、公共的な空間は自らの空間でもあるためである。

フランスの作家・ヴィクトル・ユゴーは、「一つの建物には二つの要件がある。建物の効用と、建物の美しさである。効用のほうは、建物の所有者に帰属するが、建物の美しさはすべての人に帰属する(※1)」と述べている。

また、前出の東郷和彦の著書には「建物の外観は公共財ですから」という建築家・吉良森子の言葉が紹介されている。

つまり、建物は私的な存在であると同時に公的な存在でもあるという考えは、矛盾しない概念なのである。

欧米では、「公」は自らが担っているという意識が根底に横たわっているため、環境を守り育てるためのルールも自分たちがつくっているという実感が、ルールを受け入れる土壌にあるといえるだろう。

一方、日本においては、住民参加のまちづくりが定着しつつあるとはいえ、「公」=「官」であるとの認識が根強いために、ルールは他人から押し付けられるものと感じてしまうことになる。

 

日本の景観が損なわれていくことを嘆く人々が増えていると思われるものの、まだまだ景観に無関心な人々が大多数なのではないかとの疑問もある。

大きさもデザインもばらばらに建てられた建築物、屋外広告物、電線・電柱が覆う現在の姿を見て、「問題」であると認識している人がどれくらいいるのであろうか。

また、冒頭に挙げた景観問題を語る人々は、失われる前の景観を知っている世代だからこそ、危機感が共有できるのかもしれない。

だが、若い世代にとってみれば、物心がついた時には既に景観は失われているのである。いわば、拠り所がない中で、危機感を共有するのは容易ではないだろう。

つまり、ルールも景観も自分に直接関わることとして考える人が少なく、公共的な空間は「官」がつくる空間であるとの認識が、現在の日本の風景を規定してきたように思えるのである。

■モッタイナイと景観問題

上述した日本における景観問題は、近年、環境分野において定着しつつある「モッタイナイ(MOTTAINAI)」という言葉と大きく関わっているように思われる。

使えるものは無駄にしないというモッタイナイ精神は、まちづくりにおいても有用であろう。

例えば、歴史的な建造物といった景観資源やそれらを核とした街並み景観は、一度壊されてしまうと取り戻すことが難しく、地域にとって「モッタイナイ」ことから、可能な限り残すことが望ましい。

しかし、こうした美点の裏には、モッタイナイ精神が抱える問題があるように思える。

例えば、我が国の都市を眺めて見ると、看板やのぼり旗といった屋外広告物の類が散見され、景観を損ねる大きな要因となっている。

こうした屋外広告物の景観は、実は「モッタイナイ」精神の賜物といえる。

せっかくの空いている場所が「モッタイナイ」から、看板やのぼり旗などが設置される。

また、せっかく屋外広告物を出すなら、目立たなければ「モッタイナイ」から、できるだけ大きくそして派手な色彩の広告を設置するのである。

さらに建築物においても、「モッタイナイ」精神はいかんなく発揮される。

我が国において建物の規模は、主に容積率によって規制されているが、指定されている容積率を使わなければ「モッタイナイ」から、周辺の環境とは関係なく、地権者や事業者等は容積率を使い切るように最大限の努力を払う。

このように、「モッタイナイ」精神は、闇雲に空間を埋める作業を通じて日本の景観を悪い方へと誘ってきたのではないか。

モッタイナイ精神は、私的な空間の連なりが公的な空間をつくるという観念の欠如、つまり私的空間を公共財の一部とする認識の欠落をはらんでいるとも思われるのである。

■景観から都市公景へ

景観とは、都市に暮らす人々の営為の産物であり、結果である。

個々の営みが都市の姿を形作るということは、私的空間の積み重ねが公的空間をつくるという、本来の意味でのpublicのあり方に関わってくる。

個々の建設行為は、良くも悪くも周辺の街へ影響を与える。

つまり、自らの行為が他者へ影響することを意識することが景観をつくる上で求められる。

いわば、建設行為もコミュニケーションの一つであり、こうしたコミュニケーションの蓄積がコミュニティを醸成するのである。

したがって、景観は、単なる表面的な「見た目」だけを指すのではなく、コミュニティにおける生活のありようも内包するものでもある。

そして現在、建築行為を通じたコミュニケーションの作法が求められており、その作法とは、街の物理的な姿を操作することにとどまらず、街の姿を生成するプロセスそのものに対する作法なのである(※2)。

景観が、個々の営為の蓄積により醸成される公共空間そのものであるとするならば、それは真の意味で言う公共の景観、「都市公景」と呼ぶことができるだろう。

「都市公景」という概念は、個々の行為が公共的な空間に影響を与え、責任を持つことを意味すると同時に、デザインを通じたコミュニケーションの作法の拠り所となる考え方でもある。

そして、都市公景のデザインには、「私」を制限するという発想ではなく、「公」を育み、確保するという発想が求められる。

今から約20年前の1989(平成元)年に制定された「土地基本法」には、土地利用における「公共の福祉の優先」が明記された。

ここでいう「公共の福祉」とは、国や自治体の公共事業が個々の土地所有に優先するというような矮小化された意味で解釈されるべきではなく、豊かな「都市公景」の創出を優先するということであり、その受益者は他でもない我々一人ひとりの国民であると捉えるべきであろう。

※1 ジョセフ・L・サックス「「レンブラント」でダーツ遊びとは」より引用。

※2「美しいとされる伝統的な街並みとは、実は、進化と競争原理のもとに意匠を磨かれてきた結果として存在しているにもかかわらず、今日、規範として参照されるのは、意匠の生成システムではなく、その結果だけであるという点に、根本的な限界があるように思います。」(斉藤潮等(2005))。

<関連記事>

「モッタイナイ(MOTTAINAI)」の功罪 ~景観まちづくりの観点から~

<参考文献>

水村美苗(2008)「日本語が亡びるとき」、筑摩書房

アレックス・カー(2002)「犬と鬼 -知られざる日本の肖像」、講談社

中島義道(2006)「醜い日本の私」、新潮社

東郷和彦(2010)「戦後日本が失ったもの -風景・人間・国家 」、角川書店

松原隆一郎(2002)「失われた景観 -戦後日本が築いたもの 」、PHP研究所

芦原義信(2001)「街並みの美学」、岩波書店(岩波現代文庫版)

寺田美子(1999)「都市計画における公共性・法・参加 : 「強い」土地所有の克服に向けて」『都市問題90(6)』、pp. 19-34、市政調査会

ジョセフ・L・サックス(2001)「「レンブラント」でダーツ遊びとは ―文化的遺産と公の権利」、岩波書店

斎藤潮等(2005)「環境と空間文化―建築・都市デザインのモチベーション 」、学芸出版社