「高さ」から見た広島の新サッカースタジアム問題

□広島市民球場跡地案が難しい理由

広島市でサッカー専用スタジアムの建設が計画されているが、その場所がなかなか決まらない。

新スタジアムを利用することになるJリーグのサンフレッチェ広島は、市中心部の広島市民球場跡地を要望しているが、広島県、広島市、商工会議所は、市南部に位置する「広島みなと公園」で建設を進めたいようだ。

利便性を考えれば、市中心部から7km離れた「広島みなと公園」ではなく、繁華街に近い市民球場跡地の方が適切であろう。

そもそも、サンフレッチェ広島のホームスタジアムである「エディオンスタジアム広島(広島ビッグアーチ)」のアクセスが悪いことも、新スタジアム建設の機運が高まった一因になっているのだ。

 

ところが、行政側は市民球場跡地案に難色を示している。

どうやら、さまざまな開発利権が絡んでいるようであるが、正確なことは知りようもないので、この点にはふれない。

行政側が作成した「サッカースタジアムに係る事業の実現可能性調査」によると、市民球場跡地案の問題点の一つが、建築物の高さ制限に対応するために事業費がかさんでしまうことである。

仮に国際大会を誘致するために必要な3万人規模のスタジアムをつくろうとすると、市民球場跡地の周辺でかけられている高さ制限がネックとなる。

高さ制限を満たすためには、地面を掘り込んで、地上に出る部分をできるだけ低く抑える必要が出てくるわけだ。

その掘り込み費用に99.4億円かかり、総建設費が約260億円に跳ね上がるという。

広島みなと公園案での建設費が約180億円であるから、80億ほど高くなる計算だ。

なお、今年完成したガンバ大阪の本拠地「吹田スタジアム」の総建設費140億円と比べると、ほぼ倍である。

 

ここで気になることが2点ある。

市民球場跡地でのスタジアム建設の障壁の一つになっているという建築物の高さ制限とは何か。

もう一つは、掘り込む作業に100億円もの費用がかかるのだろうかという点である。

 

□広島市の高さ制限とは?

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市民球場跡地の南側に、原爆犠牲者を鎮魂する平和記念公園が位置する。

公園内には被爆や平和のシンボルともいえる原爆ドームがあり、1996年にユネスコの世界文化遺産に登録された。

世界遺産に登録されると、登録資産である原爆ドームの保存はもちろん、その周辺環境(バッファー・ゾーン=緩衝地帯)も守ることが求められる。

原爆ドームのバッファー・ゾーンは、平和祈念公園の周辺約50mまでが指定されており、その中に市民球場跡地の一部も含まれる。

このバーファー・ゾーンに、市民球場跡地一帯を加えたエリアに、前述の高さ制限が指定されている。

市が策定した「景観法に基づく届出等に係る事前協議制度に関する取扱要綱」を根拠とするものだ(1)。

高さ制限は、20m、25m、37.5m、50mの4種類。

市民球場跡地には、20mと25mの制限がかけられている。

跡地は原爆ドームに近接しているため、その高さ25mを超えないように制限し、シンボルである原爆ドームを際立たせようとしているわけである。

世界遺産を中心とする景観は、広島市だけでなく、世界にとっての大きな共有財産である。

その財産を守るための制限は、必要なものといえるだろう(2)。

 

原爆ドーム周辺高さ制限図

平和祈念公園周辺の高さ制限図(出典:広島市資料)

 

□高さ制限はスタジアム建設を妨げるのか?:マインツ・コファス・アレーナの例

それでは、25mという高さ制限は、スタジアム建設の支障になるのだろうか。

行政側が示した市民球場跡地でつくった場合のスタジアム案の地上高さは25m。

高さ制限の範囲内に抑えられている。

その分、7.3m掘り込むことで、3万人の規模を確保している。

その掘り込み費用が約100億円と試算されていることは先に述べた。

 

この100億円という額は妥当なものなのか。

海外の事例ではあるが、ドイツ・ブンデスリーガのマインツの本拠地、コファス・アレーナ(Coface arena)を紹介したい。

改めて説明するまでもないと思うが、マインツは、昨年まで岡崎慎司が所属し、現在は武藤嘉紀が主力選手として活躍していることで知られる。

コファス・アレーナは、2011年に完成したサッカー専用スタジアムである。

収容人数は3万4千人。広島が想定する規模よりやや大きいが、ほぼ同程度だ。

スタジアムの一部を掘り込んでいるために、地上高さは30mに抑えられている。

昨年、現地に行ったのだが、スタジアムの中は高さ(深さ)を感じるものの、外から見ると圧迫感は少ない。

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ここで注目したいのが、建設費用だ。

コファス・アレーナの建設費は6000万ユーロ。1ユーロ120円で換算すると約72億円となる。

当然ながら掘り込むための費用も含まれる。

もちろん、コファス・アレーナと広島を単純には比較できないだろう。

例えば、コファス・アレーナと異なり、市民球場跡地は既成市街地の中にある。それゆえ、地中埋設物の移設・撤去等の費用を要するだろうし、河川沿いにあるために地盤も緩く、基礎工事費用がかさむのかもしれない。

様々な検討を重ねた上での100億円なのだろう。

だが、コファス・アレーナの例を見てしまうと、さすがに100億円は高すぎるのではないかと感じてしまう。

何とか安くする工夫の余地はないのだろうか。

 

一人のJリーグサポーターとしては、もし掘り込む費用に100億円もかからず、費用面の問題が解決可能であれば、市民球場跡地での建設を望む。景観にも配慮したスタジアムは、平和記念公園一帯の価値向上にも寄与するに違いない。

「サッカー観戦」とは、試合を見ることだけではなく、スタジアムやそれを取り巻く街全体を体感することでもある。

都市の中心部にスタジアムがあることは、サッカー観戦の満足度を飛躍的に高めてくれるだろう。

 

市民球場跡地にスタジアムがつくられれば、今後計画される全国のサッカー専用スタジアムの立地に大きな影響を与えるはずだ。

言い過ぎかもしれないが、この広島の新スタジアム問題は、Jリーグの未来もかかっているのである。

【注】

(1)この要綱は、もともと1995年に「原爆ドーム及び平和記念公園周辺建築物等美観形成要綱」として策定された。なお、要綱に高さ制限が追加されたのは2006年。マンション問題を契機に実施されることになった。

(2) この高さ制限は、「要綱」である。つまり、法的根拠がなく、強制力はない。あくまで行政が事業者等に基準の遵守を「お願い」するだけのものである。本来であれば、景観法に基づく景観計画や景観地区、都市計画法に基づく高度地区といった法的手法で担保すべきであるが、高さ制限のような権利制限が強い規制の場合、地権者間の合意形成が難しい。かつて、市は要綱の高さ制限を景観計画に移行させようとしたが、地元地権者の反対が強く、案を白紙撤回したとの経緯がある。

【参考資料】

・サッカースタジアム実務者検証作業部会(広島県、広島市、広島商工会議所)「サッカースタジアムに係る事業の実現可能性調査」2016年4月20日

http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1460547263945/simple/jitugenkanousei.pdf

・藤江直人「どうなる広島の新スタジアム問題」2016年4月24日 ※問題点が簡潔に整理されていて大変参考になる。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160423-00000001-wordleafs-socc

・コファス・アレーナに関する各種ホームページ

http://www.worldfootball.net/venues/coface-arena-mainz/1/

http://www.gvg-mainz.de/stadion/ (ドイツ語)