1 高さ制限とまちづくり, 1-1 高度地区の事例, 1-2 景観計画の事例

庭園からの眺望景観保全(その1) -旧古河庭園周辺における絶対高さ型高度地区について―

2011(平成23)3月10日、ジョサイア・コンドル設計の洋館や庭園等で知られる旧古河庭園(国の名勝指定)周辺エリアに、絶対高さ型高度地区が指定された。

この高度地区は、庭園からの眺めや周辺の住環境を守るために、庭園周辺の建築物の高さを35mに規制するものである。

○北区ホームページ http://www.city.kita.tokyo.jp/docs/inform/638/063811.htm

また、旧古河庭園の近くには、JR駒込駅を挟んで文京区側に六義園(国の特別名勝指定)がある。

六義園周辺においても、同じく庭園からの眺望景観保全を目的に絶対高さ型高度地区がかけられており、こちらは2004(平成16)年に指定されている。

旧古河庭園と六義園の高度地区はともに、庭園からの眺望景観保全を意図したものであるが、こうした高さ制限を実施する背景にはどのような理由があるのだろうか。また、具体的にどのような制限を行っているのだろうか。

本稿では、3回にわけて、周辺を対象とした絶対高さ型高度地区の内容を概観し、庭園から眺望保全のための高さ制限の特徴と課題について考えてみたい。

1.旧古河庭園周辺における絶対高さ型高度地区(北区):その1

2.六義園周辺における絶対高さ型高度地区(文京区):その2

3.旧古河庭園と六義園周辺の高度地区の比較:その3

1.旧古河庭園周辺における絶対高さ型高度地区(北区)

■旧古河庭園について

現在の旧古河庭園は、もともと1917(大正6)年に古河家(古河財閥)の邸宅としてつくられたものであり、1956(昭和31)年に都立公園として一般に公開されている。

この庭園は、武蔵野台地の地形の高低差を活かしたつくりとなっており、台地の突端に建てられた洋館の前面に、階段状の洋風庭園が斜面に沿って配置され、さらに低地部分に日本庭園が配されており、地形差が開放的な眺めをつくりだしている点が特徴的である。

洋館と洋風庭園は、日本近代建築の礎を築いたイギリスの建築家ジョサイア・コンドルが設計したものであり、日本庭園は小川治兵衛の作庭による(写真1)。

写真1 旧古河庭園(左:洋館、中:洋風庭園、右:日本庭園)

■絶対高さ型高度地区指定の背景

高度地区指定のきっかけは、「旧古河庭園周辺が東京都景観計画による文化財庭園等景観形成特別地区に指定されたこと」と「高層マンションによる近隣紛争が発生していたこと」の2点が挙げられる。

①東京都景観計画による文化財庭園周辺の景観誘導

東京都景観計画で旧古河庭園周辺が文化財庭園等景観形成特別地区に指定されたことが高度地区指定のきっかけとなった(平成20年4月の景観計画改定で追加指定)。

文化財庭園等景観形成特別地区とは、「国際的な観光資源としてふさわしい庭園からの眺望景観を保全し、歴史的、文化的景観を次世代に継承する」ことを目標に、庭園を含む周辺エリアを地区指定し、庭園の周りに立地する建築物や広告物の規制・誘導を行うものである。

現在の計画では、旧古河庭園のほか、浜離宮庭園、芝離宮庭園、新宿御苑、六義園、旧岩崎邸庭園、小石川後楽園、清澄庭園といった8箇所の都立庭園や国民公園を文化財庭園等景観形成特別地区に指定されている。

○東京都景観計画(文化財庭園等景観形成特別地区)

http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/kenchiku/keikan/keikaku13.pdf

写真2 洋館前から庭園全体を望む

<旧古河庭園周辺の景観形成基準の特徴>

高さ20m以上の建築物等は景観法に基づいて都知事に届け出る必要があり、「配置」「高さ・規模」「形態・意匠・色彩」「公開空地・外構等」「屋根・屋上」の5項目の景観形成基準を満たすことが求められる(また、高さ20m以上の部分に設置する屋上広告物の設置は禁止されている)。

これらの基準のうち、高さ・規模については、「庭園内部の主要な眺望点からの見え方をシミュレーションし、庭園からの眺望を阻害する高さや規模とならないように配慮する」「庭園外周部と隣接している敷地においては、庭園外周部の樹木の高さを著しく超えることのないよう計画する」と規定されている。

この基準の特徴は、1)数値基準ではなく、文言による定性的な基準であることであり、また、2)庭園内部から「見えない」ように高さを抑えるのではなく、眺望を阻害しない高さとすることを求めていること、の2点にあると言えるだろう。

そのため、高さ以外の要素、例えば、隣棟間隔の確保による開放感の維持や壁面の分割による圧迫感の軽減等の基準を併せて設置することにより、眺望を阻害しない見え方のコントロールを行っているわけである。

<東京都景観計画の問題点>

しかし、東京都景観計画の制限では十分な眺望景観の確保が難しいとの判断※2に加えて、「北区都市計画マスタープラン2010」においても、旧古河庭園周辺では建物高さの規制・誘導により庭園からの眺望景観の保全を行うと位置づけていたことから、北区は高度地区の指定に踏み切ったのである。

東京都の制限が十分でないと北区が判断した理由は大きく2つが考えられる。

一つは、景観形成基準が基本的に定性的な内容であり、庭園からの眺めを阻害しない高さが明示的ではないことである。

二つ目は、景観法に基づく景観計画はあくまでも届出・勧告制であるため、建築基準法に基づく建築確認のような法的拘束力は弱いという欠点があることによる。

より実効的な眺望保全を行うには、数値基準による強制力のある手段による制限が求められたわけである。

※注2 第20回東京都北区都市景観づくり審議会(2009年8月20日開催)におけるまちづくり部参事の発言

http://www.city.kita.tokyo.jp/docs/service/065/atts/006536/attachment/attachment_1.pdf

②高層マンションによる近隣紛争

高度地区指定のもう一つの背景には、旧古河庭園周辺で高層マンションの立地が進み、近隣紛争が起きていたことである。

旧古河庭園が面している本郷通り沿道は、商業系用途地域で指定容積率が400・500%と開発ポテンシャルが高いエリアであるが、写真を見てもわかるように、基本的には低中層の建物が建ち並んでいる(写真3)。

写真3 旧古河庭園周辺における本郷通りの現状(左:近隣商業地域・容積率400%、右:商業地域・500%)

しかし近年、13階、14階程度の高層マンションが増えつつあり、現在、10階建て以上のものは5棟あり、さらに2つの高層マンション計画が進行中である(2011年9月時点)(注1)。近隣紛争が起きていた(写真4)。

本郷通りの後背地(主に第1種中高層住居専用地域で容積率150%)は、ほぼ2階建ての戸建て住宅地が広がっているために、高層マンションは日照条件や圧迫感等を悪化させるとして、近隣住民から反対の声が聞かれるようになったのである(写真5)。

例えば、旧古河庭園入口近くに建つマンションは、当初14階建てで計画されていたが、住民の反対もあり、13階建てに変更されている。

こうした高層マンションを巡る紛争は、庭園からの眺望景観の阻害というよりは、周辺住環境への影響が問題視されており、商業地域と後背の住宅地域との指定容積率のギャップが紛争を招いていたと言えるだろう。

写真4 本郷通りで近年建設された高層マンション

写真5 本郷通りの後背地の状況

(左:近隣商業地域・容積率300%、右:第1種中高層住居専用地域150%)

(注1)2件のうち、1件は13階建・39.93m、もう1件は11階建・34.96mである。前者の高さが35mを超過しているのは、この物件が絶対高さ型高度地区決定前に建築確認申請されたことによる。

■旧古河庭園周辺高度地区の内容

2011(平成23)年3月10日、東京都景観計画で位置付けられた旧古河庭園からの眺望景観保全と本郷通り沿道の後背地における住環境の悪化の防止等を目的として、本郷通り沿道の約5.2haを対象に35mの絶対高さ型高度地区が指定された。

なお、北区内では、絶対高さ型高度地区の指定以前から、住居系用途地域や一部の近隣商業地域等において北側斜線制限による高度地区が指定されている。

今回の35m高度地区の指定区域は、この斜線型の高度地区が指定されていなかったエリアである。

35m高度地区区域 <参考>35m高度地区の周辺区域
高度地区 35m高度地区(絶対高さ型) 第2種高度地区(斜線型) 第3種高度地区(斜線型)
用途地域 商業地域 近隣商業地域 第1種中高層住居専用地域 近隣商業地域
指定容積率 500% 400% 150% 300%

①本郷通り沿道の商業系のみの指定

35m高度地区の指定区域は、旧古河庭園周辺のうち、本郷通り沿いの商業地域(容積率500%)、近隣商業地域(同400%)に限っているため、東京都景観計画の景観形成特別地区のエリアの一部のみとなっている。

エリアを限定した理由は、周辺区域は、指定容積率が150%のエリアが大半であり、既に斜線制限による高度地区や日影規制によって、そもそもあまり高いものが建設されないとの判断に基づくものである。

とはいえ、区の都市計画審議会では、指定エリアが限定されている点を疑問視する意見も出されていた。

それに対して、区は、旧古河庭園周辺のみではなく、全域的な指定も視野に入れていると回答している。

区の展望としては、まず1)景観形成特別地区内で絶対高さ制限をかけてから、2)飛鳥山公園前をはじめとする本郷通り全体に拡大し、3)区の基本的な考え方を固めた上で全域的に指定していく、といった段階的な絶対高さ型高度地区の指定意向を持っているようである(六義園周辺にスポット的な絶対高さ型高度地区を指定している文京区は、区全域に絶対高さ制限区域を拡大する予定であるが、それについてはその2で説明する)。

○第87回北区都市計画審議会議事録(2011年2月2日開催)

http://www.city.kita.tokyo.jp/docs/service/005/atts/000561/attachment/attachment_1.pdf

②高さ制限値35mの理由

<「35m」の設定根拠>

高さ制限値は、区域一律で35mとしている。

この数値は、1)庭園からの眺望が保全される高さ、2)既存の建物の高さ、3)指定容積率が消化可能な高さ、4)隣接区における制限値といった要素を考慮しながら設定したとのことである。

隣接区における制限値とは、文京区の六義園周辺に指定された高度地区の制限値35mである。

区によると、制限値の検討にあたっては、写真によるシミュレーションを行っており、35mラインでの眺望への影響を確認しているとのことである。

シミュレーションの結果、35mラインでは、庭園の樹木の高さを超えて見えることになるが、指定容積率が400、500%と高い区域であり、都市計画マスタープランにおいても「本郷通り沿道は沿道建物の耐震化と一定の高度利用を図る区域」と位置付けていることを鑑みて35mに決定したわけである。

規制前には、14階程度(約45m)のマンションが建設されていたことから、規制がない時に比べると眺望への影響は軽減されるだろう。

例えば、写真6は、洋風庭園から洋館を望む眺めであり、洋館の右奥に13階建てマンション(約40m)が見える。

35mの高さ制限がかけられたことで、洋館と樹木がつくるスカイラインが著しく損なわれる懸念がなくなったと言えるだろう。

また、庭園内の展望台(あずまや)から南側を眺めると、15階建のマンション(約45m)の8階から15階までの部分が庭園の緑の背景に見えるが、35m制限によって、緑から突出して現れる部分が減少することが期待できるだろう。(写真7)。

写真6 洋風庭園から洋館を望む

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写真7 庭園内の展望台付近の眺め(15階建マンションの8層分が庭園の緑から突出して見える)

<「35m」制限の問題点>

しかし、35mの制限がかけられていても、場所によっては、庭園からの眺望に大きな影響を与えることが想定される。

例えば写真8は洋館前の芝生の広場から北側を眺めたものである。

庭園入口前に建つ13階建のマンションはヒマラヤ杉に隠れて見えないが、沿道のその他の敷地で35mの建物が建ち並んだ場合、庭園の背景に建物が大きく視野に入ってくることは避けられないと思われる(洋館とヒマラヤ杉の間に建物が見えてくることが想定される)。

その際、東京都の景観計画が定める「庭園からの眺望を阻害する高さや規模とならないように配慮する」「庭園外周部の樹木の高さを著しく超えることのないよう計画する」といった定性的な基準との関係をどのように判断するのであろうか。

つまり、高度地区の定量的基準(35m)は満たすが、景観計画の定性的基準は満たさないと思われるケースに対して、どう対応すべきかといった問題が生じる可能性がある。

写真8 芝生の広場から北側を望む(13階建のマンションはヒマラヤ杉の背景に隠れて見えない)

③高さ制限の例外規定の設置

35m高度地区の指定に際しては、高さ制限の適用除外を認める例外措置の規定も設けられている。

主なものは、既存不適格マンションの建替救済措置と地区計画・景観地区区域内の適用除外措置の2つである。

<既存不適格マンションの建替救済措置>

この絶対高さ制限によって3棟のマンションが既存不適格となっているが、建替えを行う場合は、現在の高さまでつくることを可能としている。

こうした既存不適格建築物の建替え救済措置は、近年絶対高さ型高度地区を導入している自治体の大半が設置しているが、その背景には、分譲マンションの所有者の財産権への配慮や建替えが進まないことによる建物の不良ストック化を防ぐねらいがある。

<地区計画・景観地区区域内の適用除外措置>

また、それ以外の例外措置としては、地区計画・景観地区指定区域における適用除外が規定されている。

地区レベルの詳細なルールを定めるツールである地区計画や景観地区において高さの最高限度を定めた場合は、地区計画や景観地区の制限内容が優先されるという意味である。

つまり、地区計画で35mより高い数値を設定すれば、高度地区の制限が緩和されることになり、逆に高度地区より低い数値を設定した場合は、その厳しい制限値が適用されるわけである。

ただし、庭園からの眺望景観保全という趣旨からすると、35mの数値を緩和する地区計画や景観地区が指定される可能性はほとんどないと言えるだろう。

■旧古河庭園周辺高度地区の特徴

旧古河庭園周辺高度地区の特徴をまとめると、以下のように整理できる。

1)東京都景観計画に旧古河庭園からの眺望景観保全が位置づけられ、計画で規定された定性的基準をより強制力のある手法で担保するために、高度地区が指定された。

2)高度地区指定の目的には、眺望景観保全だけではなく、高層マンションによる後背住宅地の住環境の悪化を予防する意図もあった。

3)高度地区の指定エリアは、特に高層建築物の建設が想定される本郷通り沿いの高容積が指定された商業地域・近隣商業地域に限定しているが、今回のスポット的な指定をきっかけとして、周辺エリアもしくは区全域への拡大も視野に入れていること。

4)35mという数値は、庭園からの眺望景観保全という観点では必ずしも十分とは言えないが、都市計画マスタープランに本郷通り沿道が高度利用を図るエリアとして位置付けられているため、一定の高度利用を許容する必要から導かれた高さであった。

5)高度地区の定量的基準(35m)を遵守する建物であるが、東京都景観計画による定性的基準(例:庭園外周部の樹木の高さを著しく超えない)を満たさない場合はどのように判断されるのかといった課題があると思われる。