1 高さ制限とまちづくり, 1-1 高度地区の事例

山形市で市街化区域を対象に絶対高さ制限を導入 ~山形県内2例目の絶対高さ型高度地区~

山形市において、山並み・街並み景観と居住環境の保全を目的とした絶対高さ型高度地区が導入されることになった。

市街化区域ほぼ全域の約2,907haのエリアを対象として、15mから45mまで5種類の高さ制限が、2010(平成22)年1月1日から実施される。

山形県内における高度地区指定は2004(平成16)年に導入した鶴岡市に次いで2例目である。

■山形市における高さ制限の背景 :高層建築物による近隣トラブルの増加

山形市では、近年高層マンションが増加し、居住環境の悪化や、市を取り巻く山並みへの眺めの阻害が問題になり、近隣トラブルを引き起こしていた。

そこで、良好な居住環境の保全や、近隣住民との建築紛争の減少、山並みへの眺望や街並み景観の保護を目的として絶対高さ型高度地区が指定されることになった。

 

■山形市高度地区の内容:市街化区域ほぼ全域に5種類の高さ規制

①指定範囲

指定範囲は、市街化区域ほぼ全域であるが、既に高さ10mの制限がかかっている第1種・第2種低層住居専用地域、山形駅周辺の商業地域の一部、そして工業専用地域は除外されている。

除外されている山形駅周辺の商業地域500%、600%のエリアは、「山形市中心市街地活性化基本計画」の計画区域の大半を占めている。

中心部における居住人口の増加を図るために街なか居住を推進しており、高度利用を図る必要があることから、高度地区から除外された。

また、工業専用地域についても工業利用の増進のため除外している。

②高さ制限値

高さ制限値は、1種15m、2種20m、3種20m(工業施設は除く)、4種31m、5種45mの5種類である。

高さと用途地域はほぼ対応しており、住居系・工業系用途地域は15m・20m、商業系は31m・45mとなっている。

制限値の根拠は下表のとおりであるが、45mを上限としている理由は、市内の高層マンションは14階建て(≒45m)以下が多いことによる。

建築基準法上、15階以上の建物には特別避難階段を設置しなければならず、建設コストとの関係から14階程度が事業効率がよい高さになるために、必然的に14階以下のマンションが多くなる1)。

パブリックコメントの結果を見ると、制限値が緩いのではないかといった意見もあったが、市としては、さらに厳しい制限は、地区住民の同意によるまちなみデザイン協定(景観条例に基づく協定)や地区計画により行っていくことを想定しているようである。

高度地区を用途地域と連動させていることからもわかるように、高度地区は全域的・一律的な規制として位置づけ、より詳細な規制は地区計画等の制度を活用するといった棲み分けを意図していると思われる(広域的には高度地区、スポット的には地区計画という二段階の規制の考え方)。

表 山形市高度地区の内容

山形市高度地区一覧

※網掛けは高度地区指定のない用途地域。低層住居専用地域は既に10mの制限がかかっているため高度地区は指定されていない。

 

■山形市高度地区の特徴

①市街化区域ほぼ全域に指定

住居系用途地域だけではなく、ほぼ市街化区域全域に高度地区が指定されていることが特徴である。

マンション紛争が高さ規制のきっかけの一つであったことからわかるように、マンションが立地し得る場所にはおしなべて規制をかけたといえる。

特に準工業地域や工業地域は、工業だけでなく住宅の立地も許容されるほか、地価も相対的に安く、マンションが立地しやすい場所である。全国の各都市を見ても、工業系地域における高層マンションを巡る紛争は少なくない。

一方、工業専用地域は高度地区から除外されている。

そもそも高度地区指定のきっかけとなった紛争の要因は高層マンションであるが、工業専用地域は住宅の建設が認められていないため、あえて高さ制限を設ける必要性がなかったと思われる。

②建物の用途に応じた高さの誘導

工業地域に指定された第3種高度地区は高さが20mに制限されるが、工場、倉庫等の用途の建物については適用除外としている。もともと工業地域の趣旨が工業の発展であることを鑑みると、高さ20mの制限が工場等の操業に影響を与える可能性があるために除外したものと考えられる。

ただし、同じ工業地域でも、北山形駅の北西部に位置する北町周辺地区は、第2種高度地区(一律20m。工場等の緩和なし)に指定されている。

高度地区素案時には、同地区は第3種であったが、他の工業地域のエリアと比べて、既に住宅と工場等が混在しており、高層建築物が住環境の悪化をもたらす可能性があることから、第3種から第2種に変更している。

なお、建物の用途に応じて高さ制限値を設定している例としては、八潮市がある。

八潮市では工業地域を対象とした第1種高度地区は高さが25mに制限されているが、マンション等の住居系の建物を建設する場合は15mとしている。

これは、工業地域における高層マンションの立地を間接的に予防し、工場の操業環境を確保する効果を期待した制限と言えるだろう。

注1)「住宅に関して言えば、階数14階建て、高さ45m程度のものが構造計画上最適である(コストベネフィットが大きい)ということで大いに普及し、現在に至っている。」

出典:青木仁(2004)「容積率制度について」『都市建築の発展と制御に関するシンポジウム「歴史的転換点に立って都市建築の過去・現在・未来を展望する」』p26

3 景観まちづくり

「モッタイナイ(MOTTAINAI)」の功罪 ~景観まちづくりの観点から~

「モッタイナイ(MOTTAINAI)」という日本語が世界に広まりつつあるらしい。

ノーベル平和賞受賞者でケニアの環境・天然資源副大臣ワンガリ・マータイ氏が、日本語の「モッタイナイ」に感銘を受け、環境保護の世界共通語として普及に努めているようである。

確かに、まだ使えるものをいたずらに無駄にすることは褒められたことではない。

この考え方は、地球環境問題のみならず、景観まちづくりの分野においても有効であるかもしれない。

歴史的な建造物、樹木、水辺といった景観資源やそれらを核とした街並み景観は、一度壊されてしまうと取り戻すことが難しい。

これらを失うことは地域にとって「モッタイナイ」ことから、可能な限り残すことが望ましいだろう。

しかし、この日本人の心性として根付いているように見える「モッタイナイ」精神には、意外な欠点が潜んでいるように思われるのである。

例えば、我が国の都市を眺めて見ると、看板やのぼり旗といった屋外広告物の類が散見され、景観を損ねる大きな要因となっている。

こうした屋外広告物の景観は、実は「モッタイナイ」精神の賜物なのではないか。

つまり、せっかくの空いている場所が「モッタイナイ」から、看板やのぼり旗などが設置され、さらに、せっかく屋外広告物を出すなら、目立たなければ「モッタイナイ」から、できるだけ大きくそして派手な色彩の広告を設置することになる。

また、「モッタイナイ」精神は、建築物においてもいかんなく発揮される。

我が国において建物の規模・ボリュームは、主に容積率(建物の延床面積÷敷地面積)によって規制されている。

指定されている容積率を使わなければ「モッタイナイ」から、地権者や事業者等は容積率を使い切るように最大限の努力を払う。

その結果、周辺の街並みから突出した高層建築物が建ち、景観紛争や日照紛争などが起きることになる。

以上からわかるように、「モッタイナイ」精神は、闇雲に空間を埋める作業を通じて、日本の景観を悪い方へと誘ってきたようにも思えるのである。

脚光を浴びている今だからこそ、「モッタイナイ」という言葉を無批判に受け入れるのではなく、「モッタイナイにも限度がある」ことを自覚する良い機会とすべきではないか。

内田百閒の随筆「正直の徳に就いて」の中に、「節検と云ひ正直と云ひ、美徳に違ひないが、それを行ふに貪婪であつてはいけない」との一節がある(「凸凹道」旺文社文庫所収)。

これをもじって言うならば、「『モッタイナイ』は美徳に違ひないが、それを行ふに貪婪(どんらん)であつてはいけない」のである。

では「貪婪」にならないためにはどうすべきか。

「モッタイナイ」の対極の美意識である「余白の美」がヒントになるのではないかと思われる。

水墨画や色絵磁器の柿右衛門に代表されるように、余った空間の存在に美しさを見出す感性を我々は伝統的に持ち合わせてもいるのである。

余白の美を景観まちづくりに応用することは不可能ではないと思うのだが。

1 高さ制限とまちづくり, 1-3 海外における高さ制限, 3 景観まちづくり

世界遺産・ケルン大聖堂と超高層建築物を巡る景観論争

世界遺産である原爆ドームのバッファーゾーンにおいて、高層マンション建設を契機に高さ制限の強化の動きがあるが、同様のケースがドイツ・ケルン大聖堂においても起きている。

高さ156mのケルン大聖堂は1996年に世界遺産に登録されているが、その周辺で計画された超高層ビルが大聖堂を取り巻く景観を損なう可能性があるとして、2004年に危機遺産に登録された。

■危機遺産登録の背景 ―ケルン大聖堂周辺における超高層建築物の建設

もともとユネスコの世界遺産委員会は、1996年の世界遺産登録時の段階で、ケルン市に対してバッファーゾーンの指定を要請していた。

しかし、市はバッファーゾーンの指定を十分に行わないまま、ライン川を挟んだケルン大聖堂の対岸において再開発コンペを実施し、2001年に5つの高層建築物(高さ100mから130m)を含むプロジェクトを選定した。

プロジェクトは大聖堂周辺の景観に影響を与えるとして、ドイツ・イコモス国内委員会等は反対したものの、市は2003年に2棟の高層ビル計画を許可したのである。

また、その計画の南側では、ラインラント地域連合(Landschaftsverband Rheinland)が別の高層ビルを計画し、特に市への相談もないままに建設が開始され、こちらはそのまま完成する。

これら一連の開発によってケルン大聖堂の景観的価値が損なわれると判断した世界遺産委員会は、2004年にケルン大聖堂を危機遺産リストに登録した。

■高層ビル推進派と景観保全派との論争

危機遺産登録を受け、ケルン市長をはじめとする高層ビル建設推進派と景観保全派との間で論争が続くことになる。

製造業をはじめとする地場産業が低迷し、失業率が10%を超えていたケルン市にとって、高層ビルによる再開発は経済活性化の起爆剤になることが期待されていたのである。

しかし、ビル建設による経済活性化よりも、世界遺産登録抹消と観光客減少によるマイナス面の方が深刻であると市は判断し、2005年末に2棟の高層ビルの計画を一時停止するとともに、高層建築物の建設可能地域の見直しを行うことを決めた。

2006年春に市はバッファーゾーンの見直しを行い、同年7月に危機遺産リストから外れたものの、対岸のドゥーツ歴史地区がバッファーゾーンの区域外のままである等の問題を抱えている。

■ケルン大聖堂のケースから学ぶ点

広島の原爆ドームのバッファーゾーンでは景観法に基づく景観計画で高さ制限をかけることを検討しているが、地元地権者を中心に反対意見もあり、現在計画策定には至っていない。

ケルンでは高層建築物の推進派と反対派が議論をつくした末に、ケルン大聖堂周辺の景観を損なう高層建築物は必要ないとの結論を導き出している。

広島においても、原爆ドームを含む周辺エリアの景観的・文化的価値や広島中心部の活性化、既存不適格マンション住民の居住権など、様々な観点から議論を重ねた上で、世界遺産・原爆ドーム周辺のあり方を示すことが求められているのであろう。

※原爆ドーム周辺における高さ制限については、下記の記事を参照。

○世界遺産・原爆ドーム周辺における景観保全のための高さ規制 -美観形成要綱から景観計画へ

https://aosawa.wordpress.com/2009/12/10/

○原爆ドーム周辺における高さ制限が当面見送りへ

https://aosawa.wordpress.com/2010/12/16/

[参考文献]

○Machat, Christoph (2006), The World Heritage List – German Conflicts related to Buffer Zones and nomination areas of wide extention: Cologne Cathedral and Dresden Elbe Valley

 http://www.law.kyushu-u.ac.jp/ programsinenglish/hiroshima/machat.pdf

○朝日新聞2006年7月7日記事「独・ケルン大聖堂、周辺の高層ビルで世界遺産抹消論議」

○NPO法人世界遺産アカデミーホームページhttp://www.sekaken.jp/whinfo/images/kikidatu_04.pdf

1 高さ制限とまちづくり, 1-1 高度地区の事例

新潟市で県内初の絶対高さ型高度地区を導入

新潟県内初の絶対高さ型高度地区が、新潟市西大畑周辺地区(約16ha)において導入され、建築物の高さが20mに制限されることになった※。

■高度地区指定の背景

西大畑地区における高度地区指定のきっかけは高層マンションの増加である。

地区内は戸建て住宅を中心とした低層住宅地であるが、高層建築物の建設が可能な容積率200%の住居系用途地域に指定されている(第二種中高層住居専用地域および第一種住居地域)。

規制が比較的緩いことに加え、都心部にほど近い利便性の高い場所であることから、近年、地区内では40mから50mの中高層マンションの建設が増加していた。

また、地区内には駐車場や企業の大規模跡地といった潜在的な高層マンション用地も多く、今後高い建物の建設が進むことが予想された。

高層マンションの立地により、地区の北側に接する低層住居専用地域(高さ10mに制限)の住環境に悪影響が及ぶ懸念もあった。

■市と住民が勉強会を開催し、高さのルールづくりを検討

こうした状況を受け、住宅地の環境を守るためには高さのルールが必要であると考えた新潟市は、2008(平成20)年10月に住民説明会を開催し、高さ制限の必要性について意見交換を行った。

地元からも高さ制限が必要であるとの意見が出されたことから、2009(平成17)年1月から7月にかけて計3回の勉強会が開催された。

その後、具体的な高さのルールが検討され、今回高度地区が指定されることになったわけである。

■高度地区により高さは20mに規制

地区内では建築物の絶対高さが20mに制限されるとともに、日照確保を目的とした北側斜線制限も併用されている。

また、この高度地区には特例による緩和措置も設けられた。

既存住民の権利保護や老朽マンションの建替えを促進を目的として、既存不適格建築物の建替え救済措置が設定されているほか、学校等の公共施設についても緩和可能としている。

緩和にあたっては、住民への説明や専門家(アドバイザー等)の関与など、手続きの透明性を図る工夫も行っている。

現在、都市計画決定の手続きを行っており、2010(平成22)年2月末に告示予定である。(追記:2010(平成22)年2月18日に告示された。)

■新潟市高度地区の特徴

新潟市が今回指定する高度地区の特徴としては、大きく2つある。

1つは、建築紛争を直接的な契機にしたものではなく、まず行政が高さ制限の必要性を認識し、住民に投げかけた上で、行政と住民が勉強会を重ねながら、高さのルールを具体化していったことである。

住民の多くは、都市計画の内容に知悉しているわけではないので、地域の市街地環境を損なう建築物が建設されてから、はじめてルールの必要性を認識することが少なくない。

したがって、行政は紛争が予見される場所に対しては、新潟市のように積極的にルールづくりの必要性を地元に問う姿勢が求められるのではないだろうか。

特徴の2つ目は、スポット的な高度地区の指定であることである。

政令市で絶対高さ型高度地区を導入している都市には、札幌市、横浜市、川崎市、名古屋市、京都市、神戸市、福岡市があるが、多くは市街化区域全域もしくは住居系用途地域など、広域的に指定したものである(静岡市、浜松市では、広域的な絶対高さ型高度地区の導入を検討中である)。

一方、新潟市は西大畑周辺地区16haを対象としたスポット的な指定であり、いわば地区計画的に高度地区を活用している事例と言えるだろう。

もちろん、高度地区は多様な活用方法を許容しており、一気に広域的に指定することが難しい自治体においては、まずは可能な地区から指定していくことが有効な方法であると考えられる。

長野県諏訪市では諏訪湖および高島城周辺に高さ15mの高度地区がかかっているが、少しずつエリアが広げていった例である。

まずは2005(平成17)年3月に諏訪湖畔の3haが指定され、その後、同年9月、11月と拡大を続け、現在、諏訪湖周辺全体で109haが指定された。

さらに、2006(平成18)年3月には、諏訪湖にほど近い高島城周辺27haにも高さ15mの高度地区がかけられた。

諏訪市では、一ヵ所指定されると、その周辺住民からも高度地区指定の要望が挙がり、波及的に高度地区が拡大していったという。

このように、まずは可能な地区から高度地区を指定し、地域の合意や必要性を踏まえて、エリアを拡大していくといった段階的な高さ制限は、今後の高さ制限を考える上で参考になると思われる。

※新潟県内における高度地区指定は長岡市(北側斜線制限のみ)に次いで2番目であるが、絶対高さ型高度地区は県内初である。

[参考文献]

※記事投稿後、リンクの切れたページがあったため、高度地区の内容が確認できるページのみを以下に記す(2017年10月6日確認)

○西大畑地区高度地区の内容

https://www.city.niigata.lg.jp/shisei/tokei/ketteiichiran/kodotiku.html

1 高さ制限とまちづくり, 1-2 景観計画の事例, 3 景観まちづくり

世界遺産・原爆ドーム周辺における景観保全のための高さ規制 -美観形成要綱から景観計画へ

広島市が、世界遺産・原爆ドーム周辺において景観法に基づく高さ制限を検討し、2008(平成20)年7月に「原爆ドーム及び平和記念公園周辺地区景観計画(素案)」を公表した。しかし、地権者・住民の合意形成が思うように図れず、法定計画に基づく高さ制限の実施には至っていない。

■高層マンション問題

高さ制限のきっかけは、2005(平成17)年に原爆ドーム付近で着工された高さ約44mの高層マンションである。

原爆ドーム(高さ約25m)を見下ろす建物はふさわしくないとして、「世界遺産『原爆ドーム』の景観を守る会」や「日本イコモス国内委員会」が工事中止や計画の見直すよう業者に求めるとともに、広島市長に原爆ドームの景観を守るように要請した。

■美観形成要綱による高さ制限

原爆ドーム周辺は、1996(平成8)年に世界遺産に登録され、原爆ドームと平和記念公園の周辺50mは、世界遺産を保全するためにバッファーゾーン(緩衝地帯)に指定されている。

世界遺産登録にあわせて広島市は「原爆ドーム及び平和記念公園周辺建築物等美観形成要綱」を作成したものの、あくまでも要綱であるため法的拘束力はない。また、高さに関する規定も盛り込まれていなかったため、高さ44mのマンションは建設されることとなった。

その後、2006(平成18)年11月29日にイコモスが「原爆ドームに関する勧告」を採択。世界遺産を保護するために、高さ制限を含む拘束力のある規制が必要であるとの見解を示した。

同日、広島市は美観形成要綱を改正し、20m、25m、37.5m、50mの4段階の高さ制限値を設定した。

■高さ制限強化への反発

2004(平成16)年には景観法が制定されたこともあり、広島市は、上記の要綱による高さ制限を法に基づく景観計画として位置づけ、法的根拠のある規制を実施することを決めた。

その景観計画が、冒頭で述べた「原爆ドーム及び平和記念公園周辺地区景観計画(素案)」である。

ところが、規制により既存不適格になるマンションの住民や地権者が反発した、

住民や地権者で構成される「バッファーゾーンを考える住民の会」は、2008(平成20)年11月に景観計画(素案)の白紙撤回を求める公開質問状を市に提出。

翌2009(平成21)年2月には、住民と行政の間の議論が不十分なまま行政主導で計画が策定されるのは不当として、広島市議会に対して計画の白紙撤回を求める請願書を提出し、同年7月に採択された。

9月には4度目の公開質問状が市に提出され、市は同月に開催予定であった景観計画素案の公聴会の開催を延期している。

また、2009(平成21)年11月には、世界遺産登録の審査やモニタリング活動を行っているイコモス(国際記念物遺跡会議)のグスタボ・アローズ会長が現地を視察し、世界遺産の保全により、世界平和の願いを次世代に伝えることができるとして、高さ制限強化の必要性を広島市に訴えた。その一方で、アローズは、住民との開かれた民主的な議論が必要であるとも述べている。

■「景観計画」が適切か?

今回のケースは、世界遺産の保全(広域の利益)が地元住民の生活(地域の利益)と相反する例の一つといえる。

合意形成は難しいと思われるが、守るべき価値の共有と保全手法の検討について、市と地元が対話を重ねるしかないだろう。

ただ、景観計画の高さ制限はあくまで「勧告」による規制であり、強制力は決して強くはないという問題がある。

仮に景観計画が策定されても、再び高層マンションの建設問題が起こる可能性がある点には留意する必要がある。

もちろん、景観計画による高さ制限に意味がないというわけではない。法的根拠のある手法であるため、要綱より実効性は上がるだろう。

しかし、原爆ドーム周辺のように、開発圧力の高い中心部で、かつ法的拘束力のない要綱から強制力のある規制への移行を考えているのであれば、景観計画の策定にあわせて、高さ制限については景観地区、高度地区といった都市計画手法を選択することが望ましいのではないか。

今後、市と住民との間で高さ制限の実施が合意された時には、本当に景観計画が高さ制限の手法として適切であるのかについて再度検討すべきと思われる。

【※2010年12月16日追記】

2010年12月15日、市は、地元の理解が得られないとして、景観計画による高さ制限の実施の見送りを表明している。

○中国新聞2010年12月16日付記事「ドーム周辺の高さ制限見送り」

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201012160023.html

○原爆ドーム周辺における高さ制限が当面見送りへ

https://aosawa.wordpress.com/2010/12/16/

[参考文献]

○「原爆ドーム及び平和記念公園周辺地区景観計画(素案)」

http://www.city.hiroshima.jp/www/contents/0000000000000/1218203210799/index.html

○「原爆ドーム及び平和記念公園周辺建築物等美観形成要綱」

http://www.city.hiroshima.jp/www/contents/0000000000000/1120118525425/index.html

○イコモスによる「原爆ドームに関する勧告」(2006年)

http://www.law.kyushu-u.ac.jp/programsinenglish/hiroshima/Hiroshima_Recommendation_Japanese_English_final.pdf

※世界遺産周辺における高層建築物を巡る問題は、ドイツ・ケルン市のケルン大聖堂周辺においても起きている。

表1 原爆ドーム周辺の高さ制限の経緯

年表

表2 「原爆ドーム及び平和記念公園周辺地区景観計画(素案)」における高さ制限値(素案を元に作成)

景観計画素案高さ制限値