1 高さ制限とまちづくり, 1-2 景観計画の事例, 3 景観まちづくり

世界遺産・原爆ドーム周辺における景観保全のための高さ規制 -美観形成要綱から景観計画へ

広島市が、世界遺産・原爆ドーム周辺において景観法に基づく高さ制限を検討し、2008(平成20)年7月に「原爆ドーム及び平和記念公園周辺地区景観計画(素案)」を公表した。しかし、地権者・住民の合意形成が思うように図れず、法定計画に基づく高さ制限の実施には至っていない。

■高層マンション問題

高さ制限のきっかけは、2005(平成17)年に原爆ドーム付近で着工された高さ約44mの高層マンションである。

原爆ドーム(高さ約25m)を見下ろす建物はふさわしくないとして、「世界遺産『原爆ドーム』の景観を守る会」や「日本イコモス国内委員会」が工事中止や計画の見直すよう業者に求めるとともに、広島市長に原爆ドームの景観を守るように要請した。

■美観形成要綱による高さ制限

原爆ドーム周辺は、1996(平成8)年に世界遺産に登録され、原爆ドームと平和記念公園の周辺50mは、世界遺産を保全するためにバッファーゾーン(緩衝地帯)に指定されている。

世界遺産登録にあわせて広島市は「原爆ドーム及び平和記念公園周辺建築物等美観形成要綱」を作成したものの、あくまでも要綱であるため法的拘束力はない。また、高さに関する規定も盛り込まれていなかったため、高さ44mのマンションは建設されることとなった。

その後、2006(平成18)年11月29日にイコモスが「原爆ドームに関する勧告」を採択。世界遺産を保護するために、高さ制限を含む拘束力のある規制が必要であるとの見解を示した。

同日、広島市は美観形成要綱を改正し、20m、25m、37.5m、50mの4段階の高さ制限値を設定した。

■高さ制限強化への反発

2004(平成16)年には景観法が制定されたこともあり、広島市は、上記の要綱による高さ制限を法に基づく景観計画として位置づけ、法的根拠のある規制を実施することを決めた。

その景観計画が、冒頭で述べた「原爆ドーム及び平和記念公園周辺地区景観計画(素案)」である。

ところが、規制により既存不適格になるマンションの住民や地権者が反発した、

住民や地権者で構成される「バッファーゾーンを考える住民の会」は、2008(平成20)年11月に景観計画(素案)の白紙撤回を求める公開質問状を市に提出。

翌2009(平成21)年2月には、住民と行政の間の議論が不十分なまま行政主導で計画が策定されるのは不当として、広島市議会に対して計画の白紙撤回を求める請願書を提出し、同年7月に採択された。

9月には4度目の公開質問状が市に提出され、市は同月に開催予定であった景観計画素案の公聴会の開催を延期している。

また、2009(平成21)年11月には、世界遺産登録の審査やモニタリング活動を行っているイコモス(国際記念物遺跡会議)のグスタボ・アローズ会長が現地を視察し、世界遺産の保全により、世界平和の願いを次世代に伝えることができるとして、高さ制限強化の必要性を広島市に訴えた。その一方で、アローズは、住民との開かれた民主的な議論が必要であるとも述べている。

■「景観計画」が適切か?

今回のケースは、世界遺産の保全(広域の利益)が地元住民の生活(地域の利益)と相反する例の一つといえる。

合意形成は難しいと思われるが、守るべき価値の共有と保全手法の検討について、市と地元が対話を重ねるしかないだろう。

ただ、景観計画の高さ制限はあくまで「勧告」による規制であり、強制力は決して強くはないという問題がある。

仮に景観計画が策定されても、再び高層マンションの建設問題が起こる可能性がある点には留意する必要がある。

もちろん、景観計画による高さ制限に意味がないというわけではない。法的根拠のある手法であるため、要綱より実効性は上がるだろう。

しかし、原爆ドーム周辺のように、開発圧力の高い中心部で、かつ法的拘束力のない要綱から強制力のある規制への移行を考えているのであれば、景観計画の策定にあわせて、高さ制限については景観地区、高度地区といった都市計画手法を選択することが望ましいのではないか。

今後、市と住民との間で高さ制限の実施が合意された時には、本当に景観計画が高さ制限の手法として適切であるのかについて再度検討すべきと思われる。

【※2010年12月16日追記】

2010年12月15日、市は、地元の理解が得られないとして、景観計画による高さ制限の実施の見送りを表明している。

○中国新聞2010年12月16日付記事「ドーム周辺の高さ制限見送り」

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201012160023.html

○原爆ドーム周辺における高さ制限が当面見送りへ

https://aosawa.wordpress.com/2010/12/16/

[参考文献]

○「原爆ドーム及び平和記念公園周辺地区景観計画(素案)」

http://www.city.hiroshima.jp/www/contents/0000000000000/1218203210799/index.html

○「原爆ドーム及び平和記念公園周辺建築物等美観形成要綱」

http://www.city.hiroshima.jp/www/contents/0000000000000/1120118525425/index.html

○イコモスによる「原爆ドームに関する勧告」(2006年)

http://www.law.kyushu-u.ac.jp/programsinenglish/hiroshima/Hiroshima_Recommendation_Japanese_English_final.pdf

※世界遺産周辺における高層建築物を巡る問題は、ドイツ・ケルン市のケルン大聖堂周辺においても起きている。

表1 原爆ドーム周辺の高さ制限の経緯

年表

表2 「原爆ドーム及び平和記念公園周辺地区景観計画(素案)」における高さ制限値(素案を元に作成)

景観計画素案高さ制限値

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